第8話 生き方を変えて
「何でこうなるのよ!」
戻った翌朝、エディスは荒れていた。
当然ではあるが、トレディア大公子の息子たるサルキアがエディスに求婚したという情報はエルリザ中に伝わっており、ミアーノ侯爵家内部でもまた「これで行き遅れることはないねぇ」という安心した空気になっていた。
そんな様子をネミリーとセシエルは生暖かい視線で見守っている。
「文句は本人に言ってもらわないと」
「そうだよね」
2人の言う通り、エルリザの婚姻メカニズムに恐るべき楔を打ち込んだサルキアはその日のうちにさっさとトレディアに帰国してしまった。
エディスが文句を言うなら本人がいるうちにやるべきだったというネミリーのツッコミはいたって当然のことである。
「だってさ、サルキアと言い争っても勝てないもの……」
エディスは不満気に口を尖らせる。
「でも、エディス、そんなにサルキアが嫌なの?」
ネミリーの問い掛けに、エディスは更に不満気になる。
「嫌とか嫌じゃないって言われれば、別に嫌じゃないわよ。でも、だからいきなり結婚っておかしくない?」
「そうかなぁ」
セシエルがさっくりと逃げ道を塞ぐ。
「むしろ何がおかしいの? 僕を含めてイサリアにいた全員から見て、エディスとサルキアの仲は悪くなかったと思うよ?」
「それは否定しないけど……」
「で、サルキアはトレディア国内の内戦に巻き込まれていて、何とか自分の立場を固めたい状況でしょ?」
「そうそう……」
セシエルの言葉にネミリーが続く。
内戦状態の国内で、サルキアの立場は強くない。
大公子グラッフェの長男ではあるが、そのグラッフェ自身が後妻に夢中で先妻の息子サルキアを疎んじているという。
「サルキアとしてみれば、誰かしら後ろ盾になる人を見つけてその娘と結婚するのが無難な選択であるわけよ。目先を考えればそうするのが賢いはずなのよ」
「でも、現地貴族との結婚だと抜本的な解決にならない。そこで出てくるのがエディスなわけだよね……」
サルキアの立場は強いとは言えない。
であるがために、何かしら大きなものが必要となる。
エディスの魔力ならば、その大きなものと言えるだろう。戦場の局面を丸々ひっくり返すことができる魔力を有しているのだから。
しかし、エディスはその大きなものに恐怖感を持っている。
「だから、3年の間にその部分を解明して、エディスを安心させたうえで、自分のために使ってもらいたいというのがサルキアの真意なわけよ」
エディスの魔力の源泉を突き止め、その力が無条件な暴走を招かないことを説明したうえで自分のためだけに使ってもらう。そうすれば、エディスが困ることはないし、サルキアのトレディア大公への道は大きく開けるはずだ。
理屈は分かったが、エディスは何となく納得がいかない。
「それはつまり、サルキアにとっては私がどうというより、私の魔力が狙い、ってことなのかしら?」
「そんなの当たり前でしょ」
ネミリーが冷たく言い放つ。
「私がどうこうなんて気にしているなら、サルキアが帰る前に真剣に向き合うはずでしょ。サルキアが去っていなくなってから文句を言っているエディスに、サルキアの動機に文句を言う資格があるの?」
「……」
「エディスはサルキアの婚約を受け入れたと言いふらせば、エルリザで自由にやれるわけでしょ? サルキアはエディスの魔力狙い。お互い打算がある。イーブンじゃない。私は口が悪いけど、エディスが困っている時には絶対に味方するつもりよ。でも、今の状況でエディスが正しくてサルキアが間違っているなんて絶対に言えないわね」
「そうだね。結婚なんてそんなものでしょ?」
ネミリーだけでなくセシエルも続く。
「うん、まぁ……」
「3年という猶予があるのだし、きちんとした形できちんとした相手を見つけたのならば、それを理由に断れるでしょ? 今の状況をウダウダ言い続けるならそうすべきだと思うわ」
「別の相手を見つけろ、ってこと?」
「そういうことになるわね。スイール王子も嫌、サルキアも嫌、誰も彼も嫌、だったら、何のためにエディスは存在するわけ?」
「……」
「リューネティオス・アリクナートゥスを治せるかもしれない魔力を持っていながらそれにも背を向ける。何もかもにも背を向けるつもりなの? いい機会だと思うわよ。自分が何のために生まれてきたのか、これからの3年、考えてみてもいいんじゃない? エディスは私達には絶対に届かない魔力を持っているのだから、何かを変えるという目的意識を持ってもいいと、私は思うの」
ネミリーが真剣に言う言葉の一つ一つに対して、エディスはうなだれながらも頷いていた。
「ま、そういう僕達もたいした生き方ができているわけではないと思う。今後は3人とも自分達の周りのことを考えていった方がいいってことだね」
セシエルの言葉に、エディスは大きく頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます