第6話 ネミリーの縁談・1
ネミリーが仕事をしている間、エディスはルーティス邸の図書室に入っていた。
兄のネリアムにしても、妹のネミリーにしてもそれほど読書人ではないが、2人の父ネイサンはかなりの本好きだったようで、個人収蔵ではあるが相当な書物が揃っている。
もちろん、それらはエディスにはレベルの高すぎるものであり、タイトルから関心を得て少し開いても「うわぁ」となって閉じるだけなのであるが。
その間、エディスに付き従うのはネミリーの腹心であるコロラ・アンダルテだ。
ネミリーが生まれた頃からの側近というだけあって、エディスもよく知っている。彼女にとっても年の離れた兄のような存在だ。
「ねぇ、コロラさん」
気心が知れているので、少し質問をしてみる。「何でしょうか?」という問いが返ってきた。
「ネミリーって、誰かから具体的な求婚をされたことがあるのかしら?」
一年半ほど前に父ネイサンが亡くなり、遺産の大半を相続したことでネミリー・ルーティスは個人としてはアクルクア最大の富豪であるはずだ。
当然、そんな彼女の財産目当てに求婚する者が多くいても不思議ではないし、実際に申出が多数有るらしいということは聞いている。しかし、不思議と具体的な話は聞かない。例えばハルメリカに来たらネミリーが誰かと会っていたとかそういう話はない。
とことん嫌いなスイール王子サスティであるが、一応面と向かって「結婚しよう」、「冗談じゃないわ」のやり取りを繰り返している。ネミリーに関してはそんな姿を見たこともない。
もちろん、ハルメリカに常駐しているわけではないのでネミリーの全てを知っているわけではないが、気にはなる。
「話があることは間違いないですが、正直なところ、候補に挙がるものすらいないという現実はありますね」
「つまり、ほぼ全員門前払いしているということ?」
「……それに近い話ではあります」
「ふーん」
自分の認識は間違っていないようだ。
「それじゃあ、ネリアムさんはどうなの?」
ネミリーが求婚などに前向きでない理由の主たるものは、「お兄様に話がないのに、何で私がそういう話を考えないといけないの?」だ。
ネリアムも確かに浮いた話はない。
こちらが動けば、ネミリーも動く気になるのかもしれない。
コロラは「ハハハ」と明らかな苦笑いを浮かべた。
「どうなんでしょうねぇ。ネリアム様の恋人はこれなのかもしれません」
と指さすのは剣である。
「なるほどぉ」
確かにネリアムは武芸一筋である。
変な女より剣の方が好きということは、ネリアムを含めたゼルピナの漢達にはありうることなのかもしれない。
「中々難しいですね」
エディスは、知った風なことを言って図書室を出た。
図書室に残ったコロラの苦笑いが、更に濃くなる。
「いやぁ全く、中々どころかとても難しいものですなぁ」
と、エディスに聞こえない風な様子でつぶやいた。
エディスが考えもしないところに事実がある。
ネリアムの意中の女性は、妹の親友だ。
すなわち、エディスがはっきりしないことにはネリアムはいつまでも曖昧なままだ。そうなるとネミリーも動かない。
自分が鍵を握っていることに、エディスは気づいていない。
そのエディスは図書室を出て、廊下を歩いていた。
そこに、ネミリーの腹心にして秘書のような存在であるパリナ・アロンカルガが向かってきた。いつもよりも心なしか慌てているように見える。
「こんにちは、パリナ。どうかしたの?」
「あ、エディス様。相変わらずお美しいことで」
「……むっ、今のはとても気になる言い方ね」
エディスはパリナの言葉に意地の悪い笑みを浮かべた。
ネミリーの腹心くらいになってくると、半分友人のようなものだ。友人に対して「美人だよね~」なんて挨拶をする者はあまりいない。
エディスはこの挨拶を「何か誤魔化したいことがあるから体よい挨拶をして切り抜けようとしたのだ」と解釈した。
「ネミリーの親友である私を誤魔化そうとするのは、ネミリーを誤魔化そうとするようなものよ? パリナ、ネミリーの配下としてそれでいいのかしら?」
エディスはどこかで聞いた言葉をさも自分が思いついたかのように言う。パリナは明らかに「うざい人だ」という面倒そうな顔をした。
しかし、このままエディスの関心を引きずったままだともっと面倒だと思ったのだろう。
「セローフから厄介な話が持ち込まれたのですよ」
端的に答えた。
「セローフから?」
レルーヴ大公のいるセローフ。
ハルメリカとはライバル関係にあるが、明確に敵対しているわけではない。
そこから厄介な話というと、レルーヴ全体に関わることなのだろうか。
違うようだった。
「大公からの提案に過ぎないんですけれどね。大公の息子ロキアスとネミリー様が結婚したら、レルーヴ全体が良くなるのではないか、って」
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