第5話 避難先の雑談

 スイール王子サスティとの間にひと悶着あったエディスだが、翌日にはハルメリカに向けての船に乗っていた。


 理由は特にない。強いて言うなら、「エルリザに残っていて、サスティが何か言ってくると面倒だ」というくらいである。


 スイール王子であるサスティは、エルリザを出ることはない。


 つまり自分がハルメリカに行けばあの鬱陶しい顔を見なくて済む。そういうかなり身勝手な理由である。もちろん、両親には「ネミリーのところに用があるの」とでまかせを言ってやってきているのだが。



 ハルメリカについて、ルーティス邸ではもちろん取り繕ったりしない。


 あけすけな理由を言われたネミリーは呆れたような表情をしているが、それでも1人でいるよりは親友がいた方が楽しいのだろう。


「ま、好きにすれば?」


 と、屋敷に留まることには文句を言わない。


「そういえば」


 と、国外の事情を話題にした。


「ちょうど今朝届いたんだけど、ジオリスとルーイッヒが指揮するビアニー軍が東へと侵攻して、レインホートとソラーナを占領したみたい」


「へぇ……」


 セシエルに「4歳児向けの本でも見た方がいいんじゃない?」と言われたエディスである。念のため地図で調べてみた。


 両国はガイツリーン東部にある小さな二か国だ。


 元々、「この二か国はビアニーの相手にはならない」と言われていたが、順当に支配したようだ。


地図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093079929228939


「ということは、あとはステレアだけなのね?」


 ガイツリーンにある国のうち、ピレント、ネーベル、レインホート、ソラーナの四か国がビアニーの支配下に入った。残るは南にあるステレアと南西にホヴァルト地方という高山地帯だ。


 だが、ホヴァルトが歴史の表舞台に現れたことはない。無視して構わない存在であろう。


 事実、エディスがホヴァルトを無視することに、ネミリーは何も言わないし、そのまま話を合わせてくる。


「そうねぇ。ベルティは国王が死んでしまったみたいでいよいよ内戦に入ったから、ステレアには多分支援もないわ。だから、ビアニーにとっての問題は大要塞フリューリンクを落とすことができるかどうかということよね」


 ビアニーは高原地帯で、騎兵や工兵が多い。


 工兵はともかく、騎兵は攻城戦では使いづらい。


「フリューリンクは広くて城内で農作物の生産もできるみたいだし、相当な長期戦になるだろうと見られているわね」


「そうなると、攻め疲れるのかしら?」


「そこは何とも」


 ネミリーは肩をすくめた。


「厭戦気分になってくるのはあるだろうけれど、それは攻めるビアニーだけに限らないからね。むしろ、ステレアの方が支援も期待できない分、絶望的な気分になるんじゃないかしら。結局は、両軍の指揮と士気の問題ね」


「ビアニーが勝つとエリアーヌは安泰?」


「まあ、ピレントは協力国の立場だし、嫌な目に遭うことはないでしょ。ハルメリカからも大勢派遣しているのだし」


 人材だけでなく、金銭もかなり投資したと聞いている。


 そして、ネミリーはそれを特別に凄いことだと自負する様子もない。


 そうしたところは、素直に凄いと思える。



「南はどうなの?」


「うん、ゼルピナのこと?」


 ネミリーの視線が険しくなった。エディスは質問したことを一瞬後悔するが、幸いにして険しい視線は長続きしない。


「相変わらず、といったところね。睨み合いを続けているみたい」


「この前、コテンパンに負けたし、さすがに反省しているかしら?」


「それは私よりエディスの方が知っているんじゃない?」


 呆れた顔をしているところを見ると、ネミリーは兄とゼルピナにいる面々が改心することを期待してはいないようだ。


「ちなみにサルキアの方はどうなの?」


 一転して、ネミリーが質問側に回った。


 公式にエディスに求婚してきている、もう1人についての質問だ。



「この前、手紙を出したけど、まだ返事が戻ってきていないわ」


「この前っていつ?」


「3ヶ月くらい前かなぁ」


「結構、前ね。まあ、トレディアは色々ゴタゴタしているから、手紙が届かないという可能性も普通にあるけれど」


「それが問題よねぇ……」


 実際に行ったから分かっているが、サルキア周囲も相当に警戒が厳しい。


 以前、彼の本拠地であるスラーン周辺で怪しい手紙がないかチェックしている様子を垣間見ている。差出人のところにエディス・ミアーノと書いてあるので普通に考えれば通過するはずであるが、その他のものに紛れた可能性は否定できない。


「念のため、もう一回出しておけば?」


「でも、特別書くことがないしねぇ」


「スイール王子にまた求婚されたって書けばいいんじゃない? 意外と飛んでくるかも」


 ネミリーがニヤッと笑い、エディスはムスッと顔をしかめる。


「そこまで暇じゃないと思うけど」


「でも、来てくれればうれしいでしょ?」


「それは、まあ……」


「だったら、たまには会いたいくらい書いてもいいんじゃない?」


「人のことだと思って随分好き放題言うわよねぇ。自分は何も書かないくせに」


 エディスが不機嫌を隠さずに言うと、ネミリーはわざとらしく「ホーッホッホッ」と高笑いをした。


「だって、私はいつも囲まれているんだもの、お金に」


「ネリアムさんに書きなさいよ」


「エディス、貴方はお兄様が手紙くらいで戻ってくると思っているの?」


「そっくり同じ言葉がサルキアにも通用すると思わない?」


 2人はムッとした様子で睨み合い、しばらくしてどちらともなく吹き出した。

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