第4話 セシエルとティシェッティ家・2
そこからティシェッティ家の歴史に関する話が始まった。
と言っても、セシエルにとっては耳に胼胝ができるほど聞きなれた話である。
スイール初代国王マグヌス・ミューリと義兄弟の間柄となったアンドレア・ティシェッティを最大の貢献者として国王家とほぼ同等の公爵家としたこと。
「更に、国王家にもしものことがあれば、代わりにスイールを治めるべく宣言したこと。スイールに19家ある貴族の中でもティシェッティ家だけに認められた特権であるのだ」
「そうですね」
故に、ティシェッティ家でもっとも重要なのは血統である。血筋の強さ、嫡子であるかといった面に非常に重きを置く。
「従って、おまえがどれだけ優秀であっても、三男である以上どうにもならないわけだ」
と、残念そうに言うジャンルカの言葉も、既に五回は同じことを聞いた記憶がある。
「……父上、実はですね」
同じことを何度も言われるということは、もちろんジャンルカの記憶力の問題もあるのだが、それ以上に「セシエルはまだ養子先を見つけていない」と思われていることもあるのだろう。
また、話していないのも事実である。
迂闊に話して、「おぉ、そこにしろ」と言われても面倒だから話をしていなかったが、候補が何個かあることくらいは言っておいた方が良さそうだ。
「先だってピレントに行った際に、ピレントの領主、あるいはネーベルの領主などの話をもらいました。また、これはさすがに実現性が低いと思いますが、ビアニーの王女と結婚して王の義弟とならないかというような話ももらっております」
「ほう。ビアニーの?」
「そうです。ですので、行く先はあるのですが、まだ決めかねているところですね」
「そうだな。スイールと大陸は領民の行き来は多いが、王家や貴族の出入りは多くない。そういう点では、おまえがビアニーの王家に連なることになれば、それは将来的にも良い方向に向かうだろう」
「そうですね」
セシエルも頷いた。
「ならば、王宮からの文句には、そう答えておこう。セシエルはビアニー王家に婿入りする話が進行中ゆえ、気にする必要はない、とな」
「えっ、いや、まだ決めていませんので」
確かにサスティ王子の因縁に対しては有効だろう。「セシエルはビアニー王家に婿入りする。エディス・ミアーノとは関係ない」となるからだ。
しかし、まだ決めたわけではない。どちらかというと、なかったことにしたい。
「……」
ジャンルカは不意に無言になって、セシエルの顔をじっと眺める。
「ど、どうしたんですか?」
問いかけに対して、短く「セシエル」と呼びかけてくる。
「いずれにせよ、エディス・ミアーノはやめておいた方が良い」
「……えっ?」
「あの娘は複雑過ぎる状況の中にある。確かに見映えは素晴らしいが、場合によってはとんでもない運命に巻き込まれるかもしれん」
セシエルはハッとなった。
「……父上、もしかして知っているのですか?」
よくよく考えれば、当然かもしれない。
セシエルとエディスは従姉弟関係ということになっている。母親同士が姉妹だから、だ。
姉妹なら分かるだろう。新しい身内となっている娘が、本当に姪であるのかどうか、ということを。
「……うん、知っているのかとはどういうことだ?」
「いえ、今の言い方だと、エディスが僕の従姉弟ではない、ってことですよね?」
「……何だ、おまえも知っているのか」
ジャンルカは少し白けたような顔をした。
「確信はないですけれど、この前、オルセナに行った時にそれらしい話は聞きました」
「……そうか。まあ、そういうことだ」
「……だからエディスが後継者なんでしょうかね?」
エディスがハフィールの娘でないことを知っているのなら、エディスが次のミアーノ当主に指名されている理由も知っているのかもしれない。
「オルセナが没落していることは誰でも知っている。養女であっても、そんなところにホイホイと連れ戻されたくは無かろう」
「つまり、オルセナから声がかかった際に断る方便として……」
仮にオルセナの者がエディスを連れ戻しに来たとする。
フリーの次女であれば、断る理由がない。
しかし、ミアーノの当主となっていれば、断れる。それ以外にもスイールとの結びつきが多くなればなるほどオルセナに戻る理由がなくなってくる。
「これはあくまで他人事ではあるし、積極的に働きかけるつもりはない。ただ、個人的にはエディスは殿下と結びつくのが一番良いのではないかと思ってはいる」
「スイール王妃となれば、オルセナも連れ戻すのが難しいですよね。ただ、エディスはサスティ殿下とは全然合わないようですけれど」
「噂は色々聞いているが、正直、問題ないのではないかと思うが、な。若い時は色々とあるものだ。しかし、あの2人なら、どう考えても、エディスが殿下を尻に敷くだろう」
「それは……まぁ……」
「若い頃は色々思うことがある。しかし、30を超えればそういう関係が一番理想的ではあるのだ」
「……かも、しれませんね」
王妃姿のエディスがサスティにギャンギャン叫んでいる様子は容易に想像できる。
もちろん、本人に話すつもりはないが、父の言う通り、意外とそれもありなのかもしれない、とは思った。
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