第3話 セシエルとティシェッティ家・1

 スイール最大の侯爵家・ティシェッティ家の屋敷はエルリザ北部の広大な敷地を占有している。


 夕方、エディスと別れたセシエルは「また厄介なことになってしまった」と屋敷に戻った



 屋敷に戻ると、家宰のバルフォアが待っていた。


「セシエル様、旦那様がお待ちでございます」


 思わず天を仰いだ。内心に浮かんだのは「来たよ」という言葉である。


「分かった。すぐ行くよ」


 昼間のことが関連しているに違いない。そう思うとどうしても憂鬱な気分になる。



 ティシェッティ公ジャンルカは幼少の時から病弱な体質だったらしい。


 子供の頃は成人になること自体を危ぶまれ、色々代替策を講じられたという。


 結果的に成人できて名門公爵家の当主となったが、自分が幼少の時の苦難は記憶に刻まれていたらしい。彼は「なるべく多くの子供を保険的に残しておいた方が良い」と決意した。


 その結果として生まれた8人の子供中、上の3人が生き残り、下の5人からは1人しか生き残らなかったのは何とも皮肉なことであった。


 15歳以上ともなれば、ほぼ若年死の心配はない。


 結果、長男パウリーノと次男フランチェスコがティシェッティ公後継者となり、セシエルは養子に出されることが決定した。彼より下にいる妹フランチェスカについてはまだ5歳と幼いこともあり、そのうちどこかに嫁に出されるという決定事項のみである。



 いずれにせよ、後継者から外されたうえに、エディスの件で王子サスティの悪意を買い、何らかの誹謗を受けたことは間違いない。


 セシエルは溜息をつきながら、父親ジャンルカの部屋に出頭した。


「セシエルです」


「入れ」


 短い命令を受け、セシエルは中に入る。


 父の執務室は、正面に大きな机がある。その向こう側に父であり当主であるジャンルカが腰かけ、手前に椅子が4個置かれてある。


 入った者はその椅子の左端に座るのが、家内の決まりだ。セシエルは父に一礼してそこに腰かける。それを見届けて、ジャンルカが口を開いた。


「先程、国王府より使者が来た。エディス・ミアーノの件で、何やら殿下と一悶着あったそうだな」


「はい、まあ……」


 発端を考えれば完全に巻き込まれた形である。しかし、不本意ではあるが、トラブルとなったのは事実であり、認めざるを得ない。


「真に、私の不見識がなせるものであり、反省しております」


 頭を下げたセシエルに対して、ジャンルカはしばらく無言だ。何か考えているらしい。


 しばらくして口を開いた。


「セシエル、おまえ、ミアーノ侯女のことをどう思っているのだ?」


「どう、と言われましても……」


 基本的には波長の合う従姉弟同士である。ただ、それ以上の関係というのは不思議と考えたことがない。


 もちろん、エディスがミアーノ侯女となった時に、実はセシエルとエディスを結婚させて、セシエルがミアーノ侯爵という話も聞いたことはある。他所から見ればそう思われるらしいが……


(エディスと従姉以上の関係になったら、僕は死ぬよ……)


 というのが現実的な認識である。



「結婚したい、とは思わないわけだな?」


「はい。それは間違いありません。僕は彼女に釣り合いません」


 セシエルは即答した。


 その言葉に驚いた。


 しかし、薄々感じたことでもある。


 確かにエディスは問題児だ。考えが浅いというか、そもそも考えていない。本能のままに動き、結果も考えない。


 しかし、その容姿や能力などは特別なものがある。しかるべき者がサポートすれば、彼女は確かに何かを成し遂げるかもしれない。それこそ、先だって訪問していたカチューハの者が言っていたような救世主のような存在になれるかもしれない。


 それをなすには、自分は物足りない。そこそこの能力はあると思うし、エディスのことを理解している。しかし、彼女が何かしでかしていた時、すなわちエディスがセシリーム周辺をウロウロしていた時に自分は何もしていない。


 ある程度は付き合えるが、ネミリーのように何かの責任をとれる資力もないし、力もない。



「本当に、そうなんだな?」


 ジャンルカはしつこいくらいに確認してくる。


 これは、王子サスティの真意が堅いからなのだろうか。


 疑問に思いつつもセシエルは正直に答える。


「さっき言った通りです。エディスは変わっていますが、とんでもない能力があります。僕には彼女のような特別な能力はなく、釣り合えるタイプではありません」


「……そうだな、俺もそう思う」


 ジャンルカはあっさり肯定した。


 正直、イラッとなったが、ジャンルカは話を続ける。


「ただ、それは俺の責任でもある。俺の定見の無さがお前を不幸にしてしまった」


「……そうですか?」


 セシエルは首を傾げた。


 もちろん、養子先を探さなければいけない面倒な立場になっているとは思うが、不幸な立場と思ったことはない。


「おまえは三男という保険的な立場だ。だから、万一に備えて養子先を見つけるべく勉強をさせていたが、結果としておまえはパウリーノやフランチェスコより優秀で、しかし養子先を探さなければいけない立場になってしまった。この点は父親として、申し訳ない」


 ジャンルカが頭を下げたが、セシエルはむしろ戸惑うばかりだ。


「いや、別にそんなことを考えたことは……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る