第7話 ネミリーの縁談・2
「ふむふむ、ロキアスと……」
エディスは考える。
レルーヴ公領の中でセローフとハルメリカは二大巨頭である。
この両者はあまり仲が良くない。いつからそうなのかは分からないが、エディスが物心ついた頃から、ネミリーも彼女の父ネイサンもセローフにいる大公トルファーノを警戒していた。
もっとも、完全に敵視しているかというとそうでもない。
両者は二大巨頭である。両雄並び立たずとも言う。
しかし、レルーヴ公領を形成している二大巨頭でもある。片方が一方を潰せば、恐らくレルーヴ公領の権威自体が下がってしまう。
特に、レルーヴ大公という高い地位にあるトルファーノからすると、ハルメリカを潰すというのは望ましい選択ではない。
潰すよりは、うまく取り込みたい。
「これは、完全なる政略結婚!」
エディスの青い瞳の端がキラッと輝いた。
「セローフとハルメリカの後継者同士が婚約関係となら、レルーヴがより強くなるというわけね!」
「エディス様、何か悪いものでも食べられましたか?」
いつもと違うエディスの様子に、パリナがけげんな顔をする。
「ちょっと待って!」
エディスはパリナを制止した。
「これが得なのか損なのか考えてみるわ」
「はぁ……」
パリナは首を傾げているが、エディスの機嫌を損ねて得をしないことは分かっている。仮に一時間遅れたとしても結果が変わるわけでもないので、エディスの好きにさせるようだ。
猶予を与えられたエディスは考える。
ネミリーが結婚するということは別として、セローフとハルメリカが共闘体制を敷くことはむしろ望ましいのではないか。
(今のままだと、ビアニーがどんどん支配地を広げていく。ビアニーとまともに対抗できるのはレルーヴかベルティだけど、ベルティは国王が死んで内戦になるらしいから、レルーヴは一致団結する必要がある)
ビアニー占領後のバーリスがどうなっているかは分からないが、アクルクアの港ではハルメリカが首位、セローフが三位のはずである。また、個人としてもネミリーは大陸最大の富豪であり、トルファーノも上位のはずだ。
「軍事力のビアニーと、資金力のレルーヴという図式が典型的になるわけね。分かったわ」
エディスは自信に満ちた笑みを浮かべた。私も全力で考えれば、それなりのことは分かるのだ。
パリナとともにネミリーの部屋に向かった。
ネミリーは報告書の山に目を通していた。チラッとパリナを見て尋ねる。
「どうしたの?」
「はい。セローフの大公がロキアス様と見合うつもりはないか、と……」
ネミリーは一瞬無表情にパリナを見つめた。
一瞬考えて、両手を広げる。
「丁重に断ってくれる?」
「……分かりました」
パリナもあっさりと応じた。
この展開自体はエディスも予想通りである。ネミリーがネリアム以外の相手になびくことはない、と確信しているからだ。
しかし、先程の考えをぶつけてみてもいいだろう。
「反対はしないけど、ハルメリカ的にはどうなのかしら?」
ネミリーが目を丸くした。
「ハルメリカ的には……?」
エディスは先ほどの考えを言ってみる。
「セローフとハルメリカが共同体になれば、ビアニーが仮にベルティまで支配しても対抗できるんじゃないかしら?」
「……」
ネミリーは無言のままエディスに一瞥をくれて、溜息をついた。
「……やっぱりエディスがオルセナ女王になったりしたら、世界が終わるかもね」
「な、何でよ?」
「現時点でセローフとハルメリカが歩調を合わせる必要なんて全くないわよ。どっちもうまくやっているんだから」
折り合うために両者ともに何かを捨てなければいけない。これほど馬鹿馬鹿しいことはない。
「それに両者が一緒じゃないから、セローフとうまくいかないところはハルメリカに、逆のところは大公のところに行くわけよ。もし共同体になるなら付き合いも厳選しなければいけないし、レルーヴ全体として苦労が増えるわ」
憐れむような視線を向けて、ネミリーは結論に至る。
「仮に私がものすごく弱い立場なら安定のために妥協することも許されるけど、今のハルメリカが変な妥協しても何の得もないわ。並みいるライバルをぶちのめして今すぐ決着をつけたい、という奇特な場合を除いてね。多分お兄様でもそんなことはしないわよ」
「ぐあぅ……」
自分の考えはネリアム以下とまで言われて、エディスも凹む。
「セローフには多少の理由があるかもしれないけど、ハルメリカには何一つ有難い要素がないわ」
「多少の理由って何?」
エディスの質問に、ネミリーは両手の親指を両頬のあたりに近づける。
「それはもちろん、私の溢れんばかりのわ・か・さ・よ」
「……」
「少しは反応してよ……。トルファーノは50近いから、私より30以上年上でしょ。絶対の保証はないけど、多分私より先に死ぬわけで、その後を考えたら、というのはあるわね」
「トルファーノが死んだら、ハルメリカがセローフを飲み込むから、その前に取り込みたいってわけ?」
「そういうこと。端的に言ってロキアスはボンボンみたいだし、今のままなら私の敵ではないということは分かっているんじゃないかしら? それが嫌だから、結婚させたいということよ。トルファーノも所詮は人の親というわけ」
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