第8話 セローフの二元化?

 その日のうちにネミリーは、セローフに縁談の断りの手紙を送った。それを見届けるかのようにエディスもエルリザへと戻っていった。



 その二日後、再びパリナがネミリーの執務室に現れた。


「セローフから使節が来ています」


 これにはネミリーは驚きを隠さない。


「えぇっ? もう反応があったの……?」


 ネミリーの抱える大陸最速船ヴァトナでもハルメリカ・セローフ間は一日半かかる。ということは、つまり往復ということはありえない。


「私が断ると思って、既に手を打っていたということかしら?」


 例えば、ハルメリカにもセローフの施設がある。そこに立ち寄って結論を報告させ、両方の回答に応じて次の手を用意していた可能性はある。もちろん、ネミリーが断ることを前提に準備していた可能性も否定できない。


 しかし、とにかく会ってみようと呼んでみたところ、ネミリーの考えすぎであったことがすぐに判明した。


 初めて見る使節の顔、30くらいのごくごく平凡な男の様子を見るに、どうやら急ぎの別件があったらしいことを悟る。



「一年前、ビアニー軍とともにネーベルを打ち滅ぼした際、我々レルーヴは八千の降伏兵を得ました」


「レルーヴが、というよりセローフじゃないかしら?」


 使節の言葉に、ネミリーが嫌味を返す。


 実際、ネーベル攻撃は大公トルファーノが勝手に取りつけて、ネリアム達まで言い含めてレルーヴ中を協力させただけである。誰もわざわざ大陸を半周したいとは思わなかったし、ましてや降伏兵など欲しいはずもない。


 そんな嫌味に対して、使節は聞こえないふりをして話を続けた。


「そのうち、二千ほどはオルセナに行きましたが全滅いたしました」


「あら、そうなんだ……」


 オルセナにセローフが兵士を派遣したということはもちろん知っていたが、それが全滅したというのは初耳である。エディスもセシエルも、オルセナの王子が戦死したことまでは知っていたが、さすがにレルーヴからオルセナに協力しに行った兵士達の運命までは知らなかったのだろう。


「残り六千ほどの海軍がおりましたが、先日、これがセローフから姿を消しました」


「姿を消した……ということは、ハルメリカに向かわせたということ?」


 ネミリーが再度嫌味っぽく言い、笑いかける。


 使節は慌てて両手を振って否定の意を示した。


「滅相もございません。本当にセローフの駐屯所から姿を消したのです。そもそも先だって、大公閣下はネミリー様に縁談を持ち込んだと聞いております。どうして、そのような相手を攻撃するのでしょうか?」


 という言葉を聞く限り、ネミリーが拒絶の回答をしたことは知られていないようだ。



 ネミリーはしばらく相手を値踏みするように眺めていたが、小さく息を吐いた。


「……分かったわ。ご報告感謝します。万一に備えた準備をしておきます」


 ネミリーはそう答えてニコリと笑い、パリナに丁重にもてなすように伝えて部屋の外へと出させた。



 入れ替わりに腹心のコロラ・アンダルテを部屋に呼んだ。


 外で待機していたようで、大方理解している、という顔をしている。


「セローフに滞在していたネーベル兵が消えたんだって。どう思う?」


 どう思う、というのはハルメリカにやってくるか、という意味で聞いている。使節の否定した態度に一度は応じたものの、ネミリーは彼の発言を信じていない。


「……目的地は分かりません。ひょっとしたらエルリザかもしれませんし」


「まあ、確かに海を少し渡ればエルリザではあるわね」


「消えたというのは嘘だろうと思います。と言いますのも、今月から兵士達への配給を半分に減らすという処置を行ったそうですので」


「なるほど。どこか行くように命じたのではなくて、どこかに行かせるよう体よく追い払うというわけね」


 ネーベルから降伏した兵士達がどの程度の待遇と配給を受けていたかは知らないが、他国から降伏した兵士に自軍の兵士より良い待遇を与えることはないだろう。となると、それほどたいした待遇ではない。


 それを半分に減らされて満足しているはずがない。それならどこかを襲撃してやろうと思っても不思議はない。ネーベルが故郷の兵士達にとって、レルーヴは他国である。暴れてもあとくされはない。


「ただ、それなら不満もかねてセローフで一暴れしそうなものだけど、それはどうしてしなかったのかしら?」


「ハルメリカの方が、実入りが良いと教えていたのではないでしょうか?」


「確かにそう思われるのは仕方ないわね」


 ハルメリカ市長ネリアムは武勇に優れた人間であるが、当の本人はほとんどハルメリカにおらず南部のゼルピナにいる。市長代理のネミリーは軍事経験がないと言われているし、大陸最大の富豪であることも知られている。


 ハルメリカはあまり防衛兵を置いていないという噂もある。となると、より多くの金を手に入れるにはハルメリカを襲撃した方が良いと考えるのは不思議ではない。



 話は何となく見えてきた。しかし。


「ふーむ、どうにもよく分からない話ね」


 ネミリーは椅子に座り、考える。


 話自体は見えた。しかし、腑に落ちないことがある。セローフの行動は矛盾しているようにも思えることだ。


 ネーベル兵の待遇を下げれば、彼らが不満に思ってどこか他所のところ……おそらくハルメリカに行くことは火を見るよりも明らかだ。


 つまり、セローフがネーベル兵の待遇を下げたことはハルメリカに対する嫌がらせとなる。


 その一方で、その情報をハルメリカに伝え、縁談の申し出もしてきている。


 非友好的な態度と、友好的な態度。入り混じっていて理解に苦しむ。


「考えられることとしては、大公トルファーノと自慢の息子の関係が良くなくて、二元化しそうになっているということかしら。それは厄介ね……」


「ネミリー様、そちらも気になりますが、まずは防衛を考えられた方が」


「そうねぇ」


 ネミリーは唇を尖らせた。


「守るとなると、帰ったばかりのエディスと、セシエル、フィネーラあたりを呼んでこないといけないわね」

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