第4話 セシエルの失敗・3

 10月24日、セシエルは半年以上の日々を経て、ハルメリカへと戻ってきた。


「いやあ、予想外に時間がかかっちゃったなぁ。エルリザに戻ったら忘れられたりしていて」


 考えられない話ではない。


 名門とはいえ三男のセシエルには家を継ぐ見込みはない。だからチャンスを求めて出て行った。それで半年戻っていないのだ。実家では「あいつはどこかに婿入りでもしたのだろう」という扱いになっていても不思議はない。


「まあ、それならそれで仕方ないか」


 幸いにして、この半年でピレントでもビアニーでも認められつつはある。家系図から名前が消えていた場合には、どちらかの世話になるしかない。


 とはいえ、さしあたり世話になるのはおなじみハルメリカ市長代理のネミリーである。




 市庁舎を訪れたセシエルは、早速ネミリーを訪問した。


 ピレントでの顛末は大体、伝書鳩を通じて連絡をとりあっている。


 話をしていないのは、ネーベルに行って以降の話だ。


「……ということで、ソアリス殿下の軍師は独自に変な事をしているようなんだよね」


 市長室……名目上は彼女の兄ネリアム・ルーティスがいるべき部屋なのだが、誰もがネミリーの部屋と思っている場所で、セシエルは一連の経緯を説明した。


 ネミリーは呆気にとられたような顔をしている。


「……死んだ人間を生き返らせる魔道ねぇ。そんなものが出来たら、世界は色々大変なことになりそうね」


「そこまで行っても大変だけど、そこまで行かなくても不死の兵士が出来るかもしれないという問題がある」


「確かに、そういう技があればベルティにも勝てるでしょうし、オルセナを滅ぼすというビアニーの大望も果たせるかもしれないわね」


 ビアニー王国が建国の経緯から、オルセナ王国を敵視しているということは、アクルクアではエディスやジュニスなど一部を除いて知らぬ者はないことだ。


 つまり、ビアニーがオルセナを滅ぼすためなら、やりかねない。


「でも、どうするわけ? やめろって言うの?」


「それが言えるのなら苦労しないよ。僕の発言だけで彼を排除することはできない」


 自身、既に何度か悔やんでいるが、セシエルは今回の件で明確な証拠を取得できていない。だから、ガフィンを追い落とすすべがない。


「ガフィンはソアリス殿下の下で軍師をやっていた人だ。余程確固たる証拠があるとか、明白な反逆行為を企てているのなら別として、殿下の了承なしに処分はないだろう」


「じゃ、どうするわけ? ハルメリカは政略上の諜報はやっているけれど、軍事的な諜報に関しては保有していないんだけど?」


「政略上の諜報は持っているわけね……」


 とはいえ、ハルメリカのような大陸最大の港湾都市ともなると、様々な陰謀が渦巻いていても不思議はない。諜報の網も持たずに繁栄を続けることは難しいだろう。




「……今度はバーキアの様子を調べてみようと思うんだけど、僕一人だとどうしても不安がある」


「それはそうでしょうね」


 ネミリーはそう言って、斜め上の方を見上げ、何か考えている。


「……だけど、セシエルが連れていけそうな助っ人は思い当たらないわね」


 ネミリーの言葉にセシエルは少し驚いた。


「あれ、僕が助っ人を求めていると分かるわけ?」


「それはまあ。さっきの話を聞いていても、ジュニスというホヴァルトの人間に頼りっきりだったわけでしょ? セシエルは弱くはないんだろうけど、といって1人で局面を大きく打開できるタイプじゃないし、助っ人が欲しいのは仕方ないわね」


「そうなんだよね。できることならばエディスと誰かもう1人連れていきたいんだよね。サルキアなら理想的なんだけど」


 ネミリーが「うーん」と唸り声をあげる。


「サルキアは国内のことで手一杯みたいだし、簡単には出て来られないと思うわね」


「そうなんだよね。どこにでも行ける暇人って、僕以外だとエディスしかいない」


 ネミリーはしばらく無言でセシエルを凝視している。


 およそ30秒、呆れたように両手を広げた。


「まあ、セシエルと行く分にはエディスも何も言わないだろうし、サルキアも仕方ないと思うかしらね」


「……どういうこと? 僕がエディスとの間に何かあるかもしれないと思うわけ?」


「もちろん、ないとは言わないけどね。ずっと付き合っていてもやっぱりエディスは綺麗だと思うし。ただ、ここでエディスに手を出すと、サルキアも怒るし、ネミリーも怒る。エディスだって怒るかもしれない。何より、エディスと始終一緒にいるのは身が持たないよ。身内として三日に一度会うくらいでちょうどいい」


 正直な思いにネミリーも笑い。


「分かったわ。一回エルリザに戻るんでしょ。ハルメリカに来るまでに誰かしら助っ人がいないか探しておくわ」


「うん、よろしく~」


 セシエルは気ままに答えると、船の手配も頼むことにした。



 ネミリーにとって自分はエディスほどの特別な存在ではない。


 だから、自分のために彼女の旗艦ヴァトナを出すことはない。それでも二番目に速いアレッチは出してくれるだろう。


 それで往復四日。ハルメリカに戻って一日を過ごして、バーキアの旧王都アンフィエルまで船で行くことになるはずだ。



 結局、セシエルもネミリーも、サルキアに頼るという考えには至らなかった。


 後々、2人は二重の意味でこの決断を大きく後悔することになるが、それはまた別の話である。


バーキアの地図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093076348394262

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