第3話 ハルメリカへ

 セシエルはアッフェルに待機し、ジオリスの帰還を待った。


 戻ってくると、2人の前でネーベルの樹海地域で起きた出来事を説明する。


「正直、これを説明してどうなるかは分からないんだけど……」


 セシエルはそう言って、説明を始める。


 メイティア・ソーンは「研究を直接的に邪魔するな」と言っている。本人の自信の程を見るに実力で阻むのは難しいだろう。


 ただし、対策を見つけてどうにかするのは構わないと言っている。


 となると、現状では多くの人に知らせて、何とか対策を練ってもらうしかない。セシエルはそう思い、身近な2人に説明をする。


 その理由はというと。


「……僕の感覚として、やはりあれは行き過ぎだと思うんだ。だから、何とかしないといけないかなと」


「それは賛成だけど……」


 エリアーヌは曇った顔をする。


「私にはどうしたら良いのか、てんで見当がつかないわ」


「俺も同感だ。むしろ、そのメイティアという魔女が言うように、ビアニー軍に使われるのが不安なんだが……」


 ジオリスも浮かない顔で、言いづらそうにぽつりと言う。


「ソアリス兄上は、このことを知っていたのかな……」



「……どうだろうね」


 ガフィンのビアニー軍での地位を保証していたのは前総司令官のソアリス・フェルナータだ。


 極論すれば、彼が使っていたから、セシエルもガフィンを信用したといっていい。


 ソアリスは間違いなく、ビアニーの中ではもっともガフィンのことを知っているはずであり、彼が何かを企んでいることを知っていたとしても不思議ではない。


 ただし、セシエルはそこまでには至らないと思っていた。


「もちろん殿下に聞いてみないと分からないけど、何かやっているのは知っていたけど、この件は知らなかったんじゃないかと思う。というのも、そんな再生技術があると本当に知っていたのなら、許婚の人を助けるためにもう少し支援したんじゃないかと思うからだ」


 ソアリス・フェルナータの許婚であるセシル・イリード・ヒーエアは難病にかかって二年前から病床に伏しているという。アッフェル進攻中に本人が離脱するほどの危機的な状況だ。


 もし、ソアリスが知っているのなら、全面的に協力はしないまでも間接的には支援をするはずだ。しかし、メイティアはソアリスのことは一言も話をしていない。聞かなかった自分も不覚だったと思うが、恐らくソアリスは知らないことなのだろう。


「ただし、ガフィンがバーキアにもらった領地で変なことをしているという、その内容については知っているはずだと思う。だから、僕は一旦ハルメリカに戻って、ネミリーとエディスにもこのことを伝えたうえで、今後の対処をしたいと考えている」


 セシエルの言葉に2人も頷いた。


「そうね。エディスはともかくネミリーなら、そうした事態への対処策を考えることができそう」


「……ネミリーだけでなくて、サルキアにも聞いた方が良いんじゃないか?」


 ジオリスの提案は、セシエルも頷くところではある。


「それはそうなんだけど、トレディアまで行くのはかなり手間なんだよね」


 トレディア大公子の1人サルキアは、セシエルの知る人物の中ではもっとも頼りになる人物である。セシエルだけではなく、ジオリスにとってもそうだろう。


 しかし、いかんせんトレディアという少し離れた国にいる。そこまで会いに行くのはかなりの負担だ。


「ジュニスほどではないにしても、サルキアも能力は高いし、一緒に行けるのなら彼と行きたいんだけどね」


 難色を示すセシエルに、エリアーヌが地図を見て同意を示す。


「そうよね。おまけにレルーヴとトレディアが戦争するかもしれないという話も聞いたから、面倒なだけでなく、スパイとかと思われるかも」


 ゼルピナにいるレルーヴ軍がトレディアに攻め込み、負けたという報告はアッフェルにも伝わっていた。


 セシエルもジオリスも聞くのは初耳だが、そうした情報に接すると「今、トレディアに行くのは難しそうだな」という結論になる。




「……とりあえずはハルメリカに戻ってみるよ。こっちはどうしよう? 誰か協力が必要なら、僕とエディスの友達にアッフェルへ行ってもらうように頼んでもらうことはできるけど?」


「……とりあえず大丈夫じゃないかしら? ピレントの内政はネミリーのスタッフが色々見てくれているし」


 ネミリーが派遣したセイハン・トレンシュを筆頭とする顧問団は、とんでもないことをしているわけではない。収穫量の計算とその輸送の算段と管理をきちんと行っているだけだ。そこに治安を良化させたジオリスとセシエルの貢献も含まれるだろう。


 それだけでピレントの農業は今年、予想を遥かに超える改善を見せていた。


 目下、ピレントに求められる割合はビアニー軍の食糧事情支援である。一年でほぼ満たすだけの成果をあげており、余剰物資も出ている状況だった。


 この実績を見せられては、ピレントの古参組も大人しくなるしかないし、他の助っ人はいらないだろう。



 一方、ビアニー軍自体もこれ以上の戦力は必要なさそうだ。


 もちろん、優れた指揮官であれば欲しいだろうが、セシエルが向かわせる人物はそれほどの傑物ではない。体力は有り余っているが、思考パターンはエディスに近い人間だ。


「それなら、軍もいらないな……」


 ジオリスも苦笑交じりに断ってきた。エディスが聞けば憤然とするかもしれないが、事実であるからセシエルもそれ以上のことは言わない。


「分かった。じゃあ、とりあえず僕はハルメリカに戻って、恐らくはバーキアに行ってガフィンが何をしているか確認することになると思う。恐らく半年くらいはかかるかなぁ」


「そいつは寂しいな。まあ、一段落ついたら、また来てくれよ。その頃にはソアリス兄上も戻っているだろうし」


「そうだね」


 セシエルはジオリスと、エリアーヌ、2人と握手をした後、王城を出た。


 そのまま北に向かい、ハルメリカへと戻る帰路に乗った。

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