第2話 次なる遠征案

 ジオリスがピレント軍500を指揮してアッフェルを出て行って4日。



 ピレント女王・エリアーヌは「ティシェッティ公子が戻ってまいりました」という報告に面食らう。


「えっ、セシエル。戻ってきたの? ジオリスと会わずに……?」


 とはいえ、ジオリスも割と大雑把である。


 街道をひたすら前だけ向いて進んでいたのかもしれない。


「とりあえず通してくれる?」



 セシエルはすぐにやってきた。


「久しぶりね。色々大変だったんじゃないかしら?」


 エリアーヌの問いかけに、セシエルは「本当だよ」と大きく溜息をついた。


「誰が敵で、誰が味方か分からない状況に追い込まれてしまったからねぇ。味方と思った相手はエディスより無茶苦茶な奴だったし」


「エディスより無茶苦茶な人がいるの?」


 エリアーヌは素直にびっくりした。


「あれ、前に言わなかったっけ? 自称ホヴァルトの支配者のジュニス・エレンセシリアなんだけど」


「あら、その人、まだガイツリーン内をウロウロしていたの?」


「そうなんだよ。頼りになる奴なのは間違いないんだけど、無謀なことにかけてはエディスと全く変わりがない」


 と、しばらくジュニスのことを話し続けている。よほどインパクトが強い人物だったらしい。


 とはいえ、エリアーヌには他にも話さなければならないことがある。


「ウォリス殿下についてはどう?」


 問いかけるなり、セシエルが仏頂面を見せる。それを見ただけで、ロクな相手ではないらしいことはうかがえた。


「……前王妃の言い方は酷いとは思ったけれど、正直どうしようもないのは事実だね」


「盗賊と結びついているというのは本当なの?」


「そうだよ」


 と答えて、セシエルが「あれ?」と首を傾げる。


「どうしてエリアーヌがそのことを知っているの?」


「知っているも何も……軍師の人が話していたから」



 セシエルは一瞬の沈黙の後、「えぇっ!?」と驚いた。


「ガフィン・クルティードレが!?」


「うん。この件をビアニー王に報告に行くんだって……。あとは何か大人げないことをしてしまったから、それも王に報告してしばらく大人しくしているつもりだってことを言っていたわよ」


 セシエルは舌打ちし、合点が入ったとばかり頭を振る。


「……そういうことか。不祥事の責任を起こして本拠地バーキアに籠り、そこでの運営に集中するつもりなんだな」


「バーキアの運営?」


「……あ、それはこっちのことだよ。だけど、司教がいないとなると、今後の遠征はどうなるのかな?」



 ビアニーはネーベルを占領した後、しばらく足踏み状態ではある。


 何といっても、総司令官のソアリス・フェルナータがいないのが大きい。


 彼がいないことで、支配全体に緩みが生じていて、その間隙を縫ってウォリスなり、ガフィンなりがロクでもないことをしているように見える。


 そうである以上、ソアリスが戻ってくるまでビアニー軍は動かないというのも一つの手だが、それはそれで「ビアニーにはソアリスの他に人がいないのか」と言われかねない。もちろん、ソアリス抜きで大きなことはできないが、できることもあるはずだ。


「ステレアは微妙ではあるけれど、レインホートとソラーナはどうにかしたいよね」


 ガイツリーン最大の国ステレアは王都フリューリンクという要塞もあるし、ファビウス・リエンベアのような名高い指揮官もいる。ステレアを倒すのは難しいが、一方でその東にあるレインホートやソラーナは吹けば飛ぶような小国である。これすら倒せないというのは情けない。


「少し前にジオリスとルーイッヒ公が話をしていたわ。治安維持が確認できた時点で、ジオリスとルーイッヒ公を筆頭に、シェーン・トルトレーロとティレー・ヴランフェール、あとはマーカス・フィアネンやファルシュ・ケーネヒスといった面々で攻め込むんだって」


 ピレントにはエリアーヌとピレント軍が残り、ネーベルはウォリスがコントロールする。残りの面々で軍勢を編成して、攻め込むつもりのようだ。


 このメンバーでステレアを攻撃するのは難しいかもしれないが、レインホートやソラーナくらいなら問題ないだろう。


 セシエルも納得しているが、不安もあるらしい。


「構想自体に文句はないけど、ネーベルの通行が不安だな……。盗賊達の活動が自由に認められるとなると、補給物資などを奪われるかもしれない」


 軍の運用にあたって最大の問題は物資の確保である。


 どれだけ強い兵士でも食事や装備がないことには戦えない。



 補給物資そのものについては一見すると問題がない。


 ピレントの農作物、ネーベルの物資が見込めるからだ。


 しかし、ウォリスが盗賊に目こぼしをかけているとなると、盗賊達が我欲のために物資を狙うことがありえる。


 セシエルはそう言いたいようだ。



 エリアーヌは首を傾げる。理解しがたい。


「……ウォリス殿下もさすがにそこまでのことはしないんじゃないかしら?」


「ウォリスにはそこまでする気はないと思うよ。だけど、彼は盗賊と協力関係を築いてしまっているようだ。そうなると、ネーベルのことをよく知らないウォリスに制御できるとは思えない」


「つまり、盗賊がウォリスの言うことを聞かずに物資を奪いに行くということ?」


「おそらくそうなると思う。となると、物資を守るために労力を使わなければならないわけで、結果、ビアニー軍はいつもの力を発揮できなくなる可能性がある」


「……そうなると」


 慌てて動くより、しばらく待機してウォリスの罷免を求めるか、ソアリスの帰還を待った方が良さそうに思える。


「僕もそう思うけれど、こればかりは何とも言えないよね……。というか、ジオリスはどこに行ったの?」


「セシエルを探しに行ったはずなんだけどね……」


 エリアーヌが呆れたように息を吐いて言う。


「……ジオリスもちょっと抜けているところがあるからねぇ」


 セシエルも苦笑する。


 ビアニーの未来には、雲がかかっているようだ。

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