第2話 ツィアとフロール
2時間後、シルフィはエマーレイとともにサルキアの居館という建物を視察していた。
ツィアは商人とともに別のところに探しに行っている。
「兄ちゃん、ツィアさんってひょっとしたら男が好きなんじゃないかしら?」
フンデの地方方言で話をすると、兄も答える。
「どうしてそう思うんだ?」
「だってさ、エディス姉ちゃんの時にはちょっとでもそれらしければ殺すとか言っているのに、今は『サルキア大公子がクロとは限らない。調査する必要がある』って随分と甘いことを言っているのよ?」
オルセナからロクでもない実験をしている魔道士の一味がトレディアに行っている。
サルキアは魔術学院を留学生トップの成績で卒業した魔道の優等生である。
最近、サルキアは魔道の研究をしている。
「もう、完全にクロじゃない? それなのにシロかもしれないなんて言うあたり、男が好きなのよ」
「……俺には分からん」
「そういうはっきりしないところが兄ちゃんのダメなところなのよ。デカいんだから、もっとビシッと踏み込まないと」
「……俺がこれ以上踏み込むと、屋敷の人間に警戒されそうだが?」
「あっ……」
確かに身長2メートルの巨漢であるエマーレイが領主の巨漢の周囲を歩いているのは怪しいことこの上ない。何人かのスラーンの人物が不審者を見る様子でエマーレイに視線を向けている。
「ここからはあたし1人で行くしかないか。兄ちゃんはその辺りで衛兵達の注意を引き付けておいて。喧嘩しない程度に」
「……無理だ」
エマーレイはうんざりとした様子で屋敷から離れていった。
シルフィは少し離れた場所で不可視の状態となり、正門へと向かったが。
(あれっ!?)
正門にツィアが立っていた。
「何をやっているの?」
衛兵の目を盗んで姿を現して尋ねる。
「取引に来た」
「取引?」
「そう。ビアニー軍が使わない武器を廉価で販売してやるぞ、とね」
「……どういうこと?」
武器の販売の意味が分からない。シルフィは首を傾げた。
「釣りの投げ餌みたいなものだね」
ツィアは楽しそうに言う。
ガイツリーンにいるビアニー軍は現在フリューリンクを包囲している。
包囲の間、大きな戦いは起きないだろうから、この間にビアニー軍は武器の改良を行い、新しい武器を生産している。
そうすれば、古い武器がいらなくなる。
時にビアニーの怨敵であるオルセナに、怪しい魔道士の存在があり、トレディア公都ユーノに出没しているという。
ビアニーとしてみれば、オルセナとトレディアの勢力がくっつくのは言語道断。
ゆえにサルキアに武器を廉価で引き渡す代わりに、ユーノに出入りする魔道士を討ち果たす協力をしてほしいと申し出た。ビアニー王子の肩書で。
「ビアニー王子って名乗ったの?」
「名乗った」
「ツィアさんも結構大胆だよね……」
「あまりダラダラしていたくないからね。いざとなったら、シルフィちゃんが助けてくれればよいわけだし」
「ということは、あたしは消えた方が良い?」
「そうだね」
「分かった」
シルフィは再度姿を消して、小声で聞く。
「……ツィアさんはサルキア公子がオルセナの魔道士とは無関係と信じているわけ?」
「いや、もちろんくっついている可能性も考慮しているよ。ただ、君の報告によると公都ユーノとのやりとりでしょ? この小さな集落との行き来ならユーノと行き来という話は出てこないはず」
「ということは、サルキア公子の研究は偶然というわけ?」
「……これも別の可能性を想定している。行方不明になったとか、姿を消した状況を誤魔化すための方便として言っているんじゃないかってね」
しばらくすると、長身で前髪が妙に長い男が現れた。
「び、ビアニー王子というのはあんたか?」
「あぁ、今はツィアという偽名を使っているけどね」
「俺はスラーンの領主代理でフロール・クライツロインフィローラという」
「領主代理?」
「サルキア殿下は魔道の実験……いや、しばらく前にユーノに交渉に赴かれて、現在は不在だ。だから代理として俺がスラーンを見ている。交渉は俺が引き受けよう」
「……いや、こういうことだから、できればサルキア公子と話をしたい。一ヶ月くらいなら待つよ」
先ほどシルフィには「ダラダラしたくない」と言っていたが、ここでは完全に待つ姿勢だ。
「……」
たちまちフロールが困ったような顔をした。
シルフィもその表情の意図が読めた。
武器供与が本当なら喉から手が出るほど欲しい。しかし、サルキアについて正確なことを言いたくない、という様子だ。
ツィアはフロールに近づき、小声で言う。
「サルキア公子はユーノにいる大公に会いに行った。だが、本来戻ってくるはずの日程を過ぎても戻ってこない。ひょっとしたら軟禁されているのではないかと恐れ、誤魔化すために魔道研究をしていると公表している。違うかな?」
「な、何故それを!?」
フロールは天地がひっくり返らんばかりに驚いたが、ツィアは淡々としている。
「もちろん、そう確信していたわけではない。ただ、色々な可能性の中の一つとして考えていたし、今のあんたの反応を見て多分そうだろうと思っただけだ」
「……」
「恐らくサルキア公子を助けるということは、ビアニー王子としての俺の立場とも共通している。手伝いたいから聞かせてくれ」
「わ、分かった……」
フロールは救いを求めるかのように、ツィアを中に案内する。
ツィアがフロールに見えない角度で「どうだ」とばかりに親指を立てた。
(この人はオルセナから離れると怖いくらい冷静に見通してくるな~)
シルフィはシンプルに感心した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます