2.急転直下のトレディア情勢

第1話 トレディア北部の不穏

 10月。


 季節は夏を迎えようとする中、ツィア達3人はオルセナからベルティ南部を経由し、トレディアへと入っていた。


 アロエタでの一件の後、コレイドの中心地サンファネスに立ち寄ったがこの地では何も起きていなかった。また、不審な動きを見た者もいないという。


「やはり実験だったんだろうな」


 ツィアはそう結論づけた。


 アロエタで虐殺を行った後、死体か、あるいは生存者か、それは分からないが何らかの魔道実験を加えて失敗したので放置していたのだろう。


「……でも虐殺事件が起きたのって、1年くらい前だよね。動けていないのにずっと生きていたのかな?」


「メカニズムは分からないが、そういうことだろう。恐らく、何らかの方法で栄養をとる術があったのだろう。それでぶくぶくとデカくなっていたわけだ」


「……うーん、最悪。これから行くトレディアにも同じ研究している魔道士がいるかもしれないのよね」


 シルフィがセシリームで調べてきた情報によると、そういうことらしい。


 トレディアは近年オルセナからの独立傾向を強めていたというが、彼女が調べたところによるとこの一年は公都ユーノとオルセナ王都セシリームの行き来はかなりあるという。


「トレディアの内戦が活発化するにつれて、オルセナに協力を求める連中もいるということだな。相手によっては手出しできない可能性もある」


 ツィアは引き続き、ビアニー王子と名乗るわけにはいかない。


 そうである以上、トレディアにおける彼は身寄りのない放浪者ということになる。


「どうしようもない場合は、暗殺するしかないわね」


「……」


 シルフィの言葉に、ツィアは明らかに動揺した様子で口を”へ”の字に結ぶ。


「どうしたの?」


「君さ、俺がエディス・ミアーノを暗殺するかもと言った時は凄く嫌そうな反応していたよね?」


 オルセナ王女かもしれないエディスを暗殺するかもしれない。


 それに対してシルフィは露骨に嫌悪感を示していたし、実際、セシリームの調査でも彼女に関することは全部秘密にしているフシがある。


 それについて責めるつもりはないが、エディスの暗殺には反対しておきながら、トレディアの魔道士なら積極的に暗殺しようというのは筋が合わない。


 ツィアはそう考えたのであるが、シルフィは後々まで語り継がれる言葉で反応した。



「当たり前でしょ。美女を暗殺するなんてナンセンスよ。男なら仕方ないけどね!」



「……」


「……というのもあるけど、エディスお姉ちゃんは少なくともああいう邪悪な形で魔道を使ったりしないわよ。というか、そんなこと考える頭も無さそうだし」


「君はエディス姫を褒めているのか、けなしているのか分からなくなるんだが」


「あたしは事実のみを伝えているの。でしょ、兄ちゃん?」


 シルフィが長身のエマーレイを見るが、彼は「何のことだか」とばかりに首をすくめた。



 レルーヴ南部からトレディアに入って三日。


 最初の集落であるスラーンにたどりついた。


「ゼルピナで得た情報によると、ここにはトレディア大公グラッフェの息子サルキアがいるらしいな」


「でも、その人って、このあたりしか支配してないんでしょ。それで勝てるのかなぁ?」


 集落に入ると予想以上に閑散としているが、小さな集落のわりに活力はあり、補給などは難なくできた。


「そういえば、俺の卒業試験の成績を抜いたのは、ここの領主サルキアだった」


「ということは優秀なわけね?」


「多分ね……」


「でも、魔術学院を卒業したということは、悪い魔術に絡んでいる可能性もあるのかも」


「だったら、一応確認しにいくか? ここで一日くらい停泊しても構わないが」


「よし、そうしましょ」


 3人ともサルキアの細かい人となりは知らない。


 トレディア内戦の当事者として不利な立場にあるという噂は聞いている。


 オルセナが国家としてガフィンの研究に興味をもっているように、不利な状況を覆すために、手段を選ばなくなる可能性は否定できない。



 スラーンの集落内には宿が3つあるようだった。


 ツィア一行はそのうち一番高い宿に泊まることにした。資金に余裕があるわけではないが、高い宿にはそれなりに情報をもつ者が泊まる可能性が高いと踏んだのである。


 見込は的中し、トレディア国内を動いている商人が宿泊していた。


 それどころか。


「あれ……貴方は? もしかしてビアニーの」


「シッ」


 以前、ビアニーに来たこともある商人だった。


 ビアニー軍にはマーカス・フィアネンをはじめとしてトレディアから来ている者も少なくない数いる。そうした面々の知り合いであるようだ。


「おおっぴらにするのはやめてくれ」


 ツィアはやんわりと秘密保持を頼む。


 仮にオルセナ国内では身元をバラされる場合は最悪始末することも考えなければならないが、トレディアではバレたからまずいということはない。とはいえ、バレずに済むならそれに越したことはない。


「分かりました」


 幸いなことに商人は物分かり良く対応してくれた。


「……以前殿下には良くしてもらいましたしね」


「だからその呼び方はよせ。ツィアとでも呼んでくれ」


「分かりました」


「……トレディアの状況はどうなんだ?」


「しばらく小康状態になっていますが、ここスラーンは不穏です」


「そうなのか?」


 集落を歩いた限りは、そういう雰囲気はなかった。だから首をかしげるが。


「街の中は平穏ですが、ここ1ヶ月ほどサルキア大公子が魔道の研究やら何かに集中しているということで姿を現していません。しかも、郊外では大公子の懐刀フロール・クライツロインフィローラが騎馬隊の訓練をしているという話です」


「ほう……?」


 ツィアは思わずシルフィの顔を見た。


「当たりだね」


 シルフィはそんな顔をしていた。

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