第12話 アロエタの跡地で

 戻ってきたシルフィから状況を確認したツィアは、眉をひそめる。


「……アロエタでの虐殺事件に裏があるかもしれないわけか」


 確かにそうかもしれない。


 ツィアもシルフィ共々現場となったところを後から確認した。だから詳細までは分からないが、どうやら手あたり次第に焼死させていったようだった。


 見せしめだろうと現地の人間は言っていたし、ツィアもそうだろうと思った。


 彼自身、オルセナに対してバイアスを有しているから、オルセナの連中ならそういうことをしても不思議はないくらいに思ったし、エディスにもそう説明した。


 しかし、よくよく考えると腑に落ちない。そんな手間をかけるほどの意味があるのか。


 どれだけ憎んでいても、二千という人間を殺すのは大変だ。しかも、手を下したのはオルセナの人間ではなく他所から来た助っ人だというから尚更だ。


「そんな面倒なことを、どうしてわざわざやったのか?」


 倫理観を乗り越えても、単純に効率面で疑問が湧いてくる。


 ただ、そこに何らかの研究・実験の意図があるなら別だ。


「二千を殺して、何かを実験していたのかもしれないし、二千はカムフラージュで使いたい被験体の条件があったのかもしれない」


 例えば双子とか、特殊な条件で生まれたものを必要としていた可能性がある。


「調べに行った方がいいと思うけど?」


 シルフィの提案ももっともだ。



「……元々は俺がガフィンに許可したことが巡り巡っている可能性がある。多少面倒でも、認めた責任者として全容を把握しておく必要があるな」


「それが終わったら、トレディア公都ユーノに行って確認だね」


「……やることが沢山出てきたな」


 どうやら、オルセナ王女の情報をのんびり集めている時間はなくなってきたようだ。


(まあ、ほぼ黒だが、当面はガフィン達の方か優先だな……)


 一旦、自分の中で打ち切るしかないと決めて、ジーナとエルクァーテに出発を伝えに行くことにした。



 状況を説明すると、ツィアはシルフィとエマーレイを連れてコレイド地方に向かう。


 エルクァーテからは何人か同行させようかという申し出もあったが、アロエタで新たな虐殺が起こるわけではなく、調査をするだけだから無用だろうと考え丁重に断った。


 そのうえで、およそ二十日かけてコレイド地方へ向かう。


 途中、シルフィが無造作に聞いてきた。


「ツィアさんって、イサリア魔術学院の留学部門では歴代二位なんだよね?」


「……そうらしいな。俺が卒業した時は一位だったけど、抜かれたらしい。そういえば、それがトレディアの公子だったかな」


「だったら、シュバーン! って、飛んで行ったりできないの?」


「できない。俺が出来るのはせいぜい木を燃やす程度の火を起こすことくらいだ」


「あまりたいしたことがないんだね」


「魔道の強みは、理論を重ねれば、最小限の労力で大きな成果をあげられるところにある。魔法で何でもかんでもできるなんてのは、それこそ限られた才能だけができることだろうね」


 そういうツィアであるが、脳裏にはそうしたことを簡単になしとげていたエディスの姿が浮かんでいた。



 特に大きな問題もなく、以前はアロエタ砦のあったところに駆けつけた。


 施設は黒焦げになった当時のままだ。このまま置いておいて良いとは思わないが、ここで起きた事件の凄惨さと改修の困難さを考えれば、手を付けたいとも思わないだろう。このまま廃墟として朽ちさせてしまいたいということだろうが。


「何だか、幽霊とか出て来そうな感じだね」


 シルフィの感想はまさにその通りで、ここで無念の死を遂げた者の想いが漂っていそうだ。


「……っと、ちょっと待った?」


「うわぁ、何なの?」


 シルフィも驚くが、それ以上に身長2メートルはあろうかというエマーレイも不安そうな顔をしている。兄妹ともにこういうのは苦手らしい。


「何か、声みたいなものが聞こえた気がした」


 ツィアは耳を澄ませる、シルフィとエマーレイも嫌々ながら耳に手をあてて、近くの音に注視する。


 少し離れたところから「うおおぉぉ」という、誰かが嘆くような声が聞こえてきた。


 付近を見渡しても、人がいそうな気配はない。


「動物だろうか?」


「そうであってほしいけど……」


 2人とも泣きそうな顔をしているが、ツィアもあまり強気なことは言えない。


 どうやら砦の外から聞こえてくるようだ。「うおぉぉ」という無念の極みのような声に聞こえてくる。


 それが風であることを願いながら、三人は外に出た。


 少し離れたところにある茂みの方に近づいていく。



 と、訛りが酷すぎるためか日頃は失語症のように話さないエマーレイが何かを叫んだ。


 彼が指さす先を見たツィアは「何だ、これは!?」と仰天し、シルフィは「うわあぁ!」と悲鳴をあげて飛びのきそうになった。全員、よく気を失わなかったものだと感心する。


 そこには幾つかの顔のようなものがついた小山のようなものがあった。高さ二十メートルくらいの山に見えたが、どうやら肉塊か何かのようだ。ただ、地面に大きくへばりついており、動くこともままならないようだ。


「俺の声が聞こえるか?」


 呼びかけてみたが、それに対する反応はない。


 足が震えるのを感じるが、放置するわけにもいかない。一歩近付こうとした際、肉塊のようなものから手が伸びてきた。


「危ない!」


 殴るつもりか掴むつもりだったのかは分からないが、無意識的に短剣を抜いて、手を切りつけた。悲鳴とも無念の叫びともとれる声をあげ、手が引っ込む。


「シルフィちゃん、油!」


「あ、うん!」


 ツィアの指示に、シルフィが油を取り出した。それを迷うことなく肉塊にぶちまけ、それを確認したツィアが魔法で火を起こす。


 轟音を立てて炎が上がり、不快な臭いをあげて肉塊が崩れ落ちていった。


「何だったの、これ?」


「分からない。少なくとも自然に生まれた者ではないだろう」


「例の魔道士が作ったのかな?」


「恐らくは。成功していたら、もう少し動けたのだろうが……」


 恐らく失敗して、動くこともできずに同じ場所に留まり続けて呻くしかできなかったのだろう。


 しかし、仮に成功して動くことができていたなら、どうなっていたのか。



 三人は沈黙したまま、燃え尽きるまで眺めていた。シルフィは自然と手を合わせながら言った。


「……当分肉は食べたくない」


「……俺も。ステル・セルアで食べた真っ黒こげの魚を思い出してしまった」


 三人してげんなりした表情を浮かべて、その場を跡にした。

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