第8話 修道院の市場へ

 フィネーラと別れた後、セシエルは修道院の方に向かってみることにした。


 国王達に対して強く賠償を迫っているというのが、どんなものなのか見てみたくなったのである。


 もちろん、自分が行けば貴族だということは分かる。


 しかし、ここではセシエルの立場が強みになる。


「僕はティシェッティ家の出身ではあるけれど、三男なんで何も言えないんですよね~」


 と、誤魔化すことができるはずだ。



 修道院の場所は分かっているし、その付近に修道院の関係者が小さな市場のようなものを作っていることも知っている。このあたりには多少特殊なものが売っているとも聞いている。神の御利益があるお札が金貨一枚するとか、彫刻が金貨十枚するとか。


 そんなものだろうと理解しているが、全く付き合うつもりはない。何も買うつもりはない。そこはうまく切り抜けるつもりでいた。



 実際に行ってみると、そんな覚悟は不要だった。


 何のことはない、店が全て閉まっていたからだ。


(そうか、そもそもここにいる人達が商売のために出て行った船が沈められたから)


 市場が閉まっているのは当然である。


 となると、修道院の売上が立たなくなる。これは修道院にとって死活問題だから、補填しろと求めてくるのは理解できるし、補填だけでなく代わりの人員も要求してくるかもしれない。


(しかし、修道院に派遣できる人間なんて、いないよな……)


 エディスの姉エルフィリーナが典型であるが、基本的には貴族の家で余った女性が修道院に送られるくらいの認識である。


(あっ、そうだとすると、僕はやばいじゃないか)


 修道院は女性を迎えているが、ここの市場に関しては男を求めている。


 当然、それも貴族の不要な子弟になる。


 セシエルはまさに該当する。ティシェッティ家の三男をこの市場の責任者的地位に就けるという考えを持ち出せば、修道院は大喜びするだろう。さっさと逃げるにこしたことがないと思えてきたが、それでも一応修道院にも行ってみることにした。


(銀貨一枚だとケチだと思われるか?)


 修道院に行く以上は、今回の件で僅かばかりの寸志を捧げるという名目が一番だろう。


 額が少ないと文句を言われるかもしれないが、修道院の責任者などにはなりたくない。ケチだと思われるのなら、そのくらいでちょうど良いだろう。



「おい、おまえ、何なんだ?」


 踵を返そうとした途端、市場の建物の扉が開いた。


 中から子供が出てくる。暗い顔をしており、汚れた服を着た、神の愛とは無縁そうな少年だ。


「いや、修道院の船が沈んだという話を聞いたので、ちょっとばかし寸志でもと思って、さ」


 銀貨一枚だけだけど、セシエルはそう言って、実際に銀貨を取り出した。


「……」


 少年が睨みつけてくる。


 恨みがましさと無念さ、悲しさが詰まった視線である。おそらく彼の身内も亡くなったのだろう。


「……分かった、二枚出すよ」


 セシエルが二枚目を取り出すと、少年は無言で右手を広げた。


「いや、これは修道院に……」


 寄付するのが筋ではないか。


 セシエルはそう主張したいが、少年の主張はもっとダイレクトだ。


「父ちゃんも兄ちゃんも死んだから、俺も妹も三日食べてない」


「……分かったよ」


 ぬくぬくと暮らしている公爵家の三男坊であるセシエルにとって、生きるために必死な子供は相性の悪い相手である。何となくの罪悪感があり、セシエルは銀貨を渡すことにした。


 しかし、簡単に渡すと厄介になることも分かっている。まずは一枚手渡した。


「……一枚だけか?」


「僕が帰る時に、もう一枚は渡すよ」


 簡単にお金を渡すと、「こいつはカモだ」と思われて、仲間を呼ばれる可能性がある。


 逃げる準備をしておいて、話し終わったらもう一枚を渡すと言われれば、それを止めることができるだろう。ただし、仲間と強盗に及ぶ可能性があるので、注意は切らさない。


 何かしら話を聞こうと思ったが、すぐにそういう雰囲気でないと分かった。


「国王の奴ら、俺達が邪魔だから、わざと教えなかったんだ。絶対に許さねぇ」


「……」


 憎悪の籠った物言いに、セシエルは知らず頭を掻く。


(国王周辺はそんな頭を働かせたわけではないんだろうけれど、僕が言っても信じないだろうからなぁ)


 ただ、「わざと教えられなかった」というようなことを言うことは引っ掛かる。


 それはつまり、国王にそうした扱いを受ける理由が思い当たるということだろう。今回に限らず、何かしら国王に要求していたのかもしれない。


(やっぱり修道院に近づくのは、やめておいた方が良さそうだな)


 このあたりの裏は別ルートで調べた方が良さそうだ。


 だから、少年の話も途中からは話半分で、左の耳から右の耳に抜けていた。


「自慢の兄ちゃんだったのに、貴族の家にも入れたかもしれないのに」


 という言葉が微かに残ったが、それが何のことかもしばらくすると気にならなくなった。


 結局、セシエルは銀貨二枚を渡したという以外のことを覚えることなく、市場を後にした。

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