第9話 ハルメリカ顛末
一方、ハルメリカ。
襲撃の翌日には港の残骸はあらかた回収し、すぐに港を開港させていた。
ハルメリカ港から船が次々と出航していき、再開したばかりにも関わらず、ハルメリカへの船も次々とやってくる。
珍しく灯台から港の様子を眺めているネミリーも状況に満足そうな笑みを浮かべた。
「サルキア流のやりかただったけれど、うまく行って良かったわ」
襲撃が現実化した時点でネミリーは、近隣に連絡を送っていた。「ハルメリカを狙う海賊がいるようですが、一日で片付けます。申し訳ないですが、出航予定がある船については一日ほど海中で停泊させることになるかもしれません」と伝え、迷惑料も支払うことも約束していたのである。
「これで今後襲撃を受けた時も、やり方が簡単になるわね」
多少の出費をすることになったが、結果的には「ハルメリカは海賊に襲撃されても物ともしないし、迷惑料まで払ってくれる」という信用も得ることになった。
「結果的には悪くないんじゃないかしらね」
そんな上機嫌のネミリーが表情を歪めるのは、シェレーク・ルードベックが報告に戻ってきた時だ。
シェレークはネリアムと2人で、今回のネーベル兵達をセローフに届ける役回りを果たしていた。
ところが、役目が終わるとネリアムはさっさと兵士を連れてゼルピナに戻ってしまったのだという。
全く理解ができない。
市長の身でありながら、というのはひとまず置いておく。
しかし、今回の襲撃がセローフ主導で進められたということは、いかにネリアムが馬鹿だといえども当然理解しているはずである。それでありながら、セローフの指示に従ってほいほい本拠地を離れてしまうということが理解できない。
「一体、何なのかしら、大公に飼いならされた犬なのかしらね……」
と、容赦のないことを言うが、シェレークは何か言いたげに見つめている。
ネミリーも少し落ち着いて、聞いてみることにした。
「何か思い当たることでもあるのですか?」
「今回の海賊達を処分する時の言葉を覚えているか?」
「処分する時の言葉……?」
何の気なく言った言葉のようだ。記憶にない。
「置いておいても酷潰しになるだけで無駄だから、どうしたものかと言っていただろ?」
「あぁ、そういえばそう言ったかもしれません」
一字一句違わないが、似たようなことは言っただろう。
そもそも、そう思っているからだ。
「ネリアムも含めて、俺達も同じ兵士ではある。自分達もそう思われているのかもしれない、という不満がどうしても出て来る」
「……だから、彼らを連れてゼルピナに連れていったと?」
シェレークが頷いた。
「政治方針としてそう思うこと自体にどうこう言うつもりはないが、公言されるとなると居心地が悪いだろう」
「……そうですね」
確かにシェレークの言う通りではある。
兵士達は個々人の家族のために戦っているのである。それを不要というような形で言われれば確かに面白くないだろう。
「市長と市長代理の私の間に隙間風が吹くようなことをしていたのは、お互い様だったというわけね」
ネリアムの本拠地軽視の姿勢も論外だが、ネリアムだけでなく軍に対するネミリーの姿勢も、また二分させるようなものだった。
「……理解しました」
「俺達が馬鹿なのは重々承知しているが、兵士達のやる気を損ねてはいざという時に大事になるかもしれない。言い方は気を付けた方が、良いのではないかと思う」
「そうですね、気を付けます」
ネミリーは素直に非を認めたが。
「気を付けるつもりですが、私もお兄様同様に頑固なところもありますし、本質的な考えとしてどうしても商業が軍事に優先する思考になっております。今後も似たような失敗をするかもしれませんので、そういう時はまた言っていただければ」
「いや、そこは気を付けてほしいのだが……」
シェレークの言葉はもっともだが、ネミリー自身、完全に考えを変えるのは難しいと思ったし、事実、後々も似たような価値観で動くことになるのも事実である。
結局、752年初めのハルメリカ襲撃はネミリー・ルーティスの評判を上げるだけの結果に終わった。
それまで薄々漂っていた、「ハルメリカは前市長ネイサンの威光で運営されているのであり、いざ大事が起きたら呆気なく崩壊する」という憶測が根も葉もないものであることが分かった。更に港を短期間の閉鎖で終わらせて迷惑料を支払ったこと、ネーベル海軍を丸々セローフに引き渡して「来るなら来い」という姿勢を見せるなど、頼れる存在であることも明らかになった。
逆にハルメリカへの攻撃をけしかけた大公トルファーノの息子ロキアスは完全に面目を失った。本人には処分がなかったが、ロキアスの太鼓持ちとして集まっていた面々は管理不足を問われて軒並み降級させられることとなった。
もう一人の敗者は、言うまでもなくエルリザの修道院である。商船に人材、商品を失い、壊滅的な被害を受けることになった。
この恨みはすぐに別の形で噴出することになり、大陸全体の運命をも大きく変えてしまうということになるのだが、そのことに気づく者は、まだ一人もいない。
(9章へ続く)
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