第7話 沈没船の責任

 エディスと別れると、フィネーラが再び近づいてきた。


「何を言っていたんだ?」


「特に何も言っていないよ。エディスももうすぐ18だし、思うところがあるんじゃないかな?」


「確かに、トレディア大公子が正式に婚約してくるまであと1年くらいだっけ、か」


 エディスにサルキアが求婚したということはフィネーラのみならず、エルリザの貴族ほぼ全員が知っているところである。3年後に正式に申し込むと言っていて、あと1年だ。


(どうなるんだろうなぁ……)


 サルキアの立場は、若干は上がっているのだろうが、大きく変わっていないように見える。ただし、エディスと組むことでより戦闘で勝てるようになる可能性もある。


(逆に、エディスがエディスらしく、今の心境にそのまま従った場合……)


 ビアニー軍にとてつもない魔力の持ち主が手に入ることになる。


 ビアニー軍は現在、ガイツリーン4か国を滅ぼし、ステレアに攻め寄せているという。


 ステレアの王都フリューリンクは要害であるが、エディスが加わればすんなり落ちる可能性がある。



「それはそうと」


 色々な考えを巡らせていたところに、フィネーラが割って入った。


「おまえ、ハルメリカの領主と仲が良いだろ? 近々派遣されるかもしれないぞ」


「……どういうこと?」


「ほら、セローフとバーリスに向かっていた船が撃沈されたじゃないか。その賠償をレルーヴにしてもらいたいということで」


「えぇぇ……?」


 フィネーラの言葉にセシエルはげんなりとなった。



 エルリザの船が二隻、ネーベル海軍に沈められたという話は聞いている。


 ただし、エルリザには「危険だ」という報告は来ていたらしい。ネーベル海軍がハルメリカに向かったのはセローフ内部の二分状態によるものである。大公の息子ロキアスが動かしたが、大公トルファーノは反対してハルメリカに伝えた。ハルメリカだけでなく、ビアニーとスイールにもきちんと伝えていたらしい。


 警告が来ているのに差し置いて船を動かしたのはスイールの商人側である。


 仮にセローフに文句を言っても、「警告はしたのだから」とはねつけられるに違いない。


 ハルメリカはそれ以上に受け付けないだろう。そもそも攻撃された側なのである。ネミリーからすると「ふざけんな」という話になるはずだ。これは自分とエディスで言っても無理筋過ぎる。


「ハルメリカは無理だよ。言うならセローフ側だけど、セローフ側へのパイプは国王周辺の方が強いんじゃないの?」


「国王周辺が派遣したけれど、トルファーノにあっさりはねつけられたらしい」


「まあ、国王周辺ではね……」


 言っては悪いが、息子ともども、エディスのコントロールすら苦労しているような状態だ。海千山千のレルーヴ大公に太刀打ちできるはずがないだろう。



「数日間は動くなと言われていたのに、無理に動かしたんだから」


 というか、セシエルは疑問に思う。


「そんな国王周辺の状況を、どうしてフィネが知っているの?」


 言っては何だが、フィネーラは「エディスよりは僅かに、紙1枚程度の薄さだけマシな脳筋」という評価である。


 その彼が、どうして国王周辺状況のことを知っているのか。


「いや、まあ、国王連中に一番突き上げを食らわせているのがリアビィ島の連中だから」


「リアビィ島の連中?」


 スイールにはエルリザのあるテネフ島以外に20の島々があり、20家ある貴族が一つずつの島を領有している。


 8割の人口がテネフ島……エルリザに居住しているが、周辺の島々にも僅かな人が住んでいる。


 フィネーラのリアビィ家は、修道院の霊場があったはずだ。


「今回沈められた一隻が、修道院お抱えの商人共の船で、うるさいらしいんだ」


「そうか、商人には通告したけど、そうじゃないところの連中が……」


 どうやら話が見えてきた。


 セローフからの連絡を受けて、国王周辺は王宮と市場には通告を出したのだろう。


 しかし、船を有しているのは商人のみではない。ギムナジウムや修道院といったギルドや組織もそれぞれの商人を抱えて勝手に活動をしている。


 そうした全員に行き渡るには時間が足りず、結果出港した者達が沈められたということのようだ。



 国王側のミスといえばミスである。


 当人たちはセローフ側の情報が遅かったとも言いたいのかもしれないが、それでもミスはミスだ。


「ネミリーはセローフからの情報が来る以前から、いつ攻撃されても大丈夫なように準備しているからね。聞いた時点で泡を吹いて伝えている時点でダメだよ」


「そうなると、国王は修道院に賠償しないといけなくなる」


「仕方ないんじゃない?」


「修道院の連中だぞ? どれだけの額を請求してくると思っているんだ?」


「あぁ……」


 確かに修道院にとって、お抱えの船や船員は神の信徒のようなものだ。


 単なる商人よりも膨大な金を要求してくるだろう。神の怒りという名目に。


「がっつり取られると、市場への増税がありうるかもしれない。そうなると……」


 今度は商人が怒るだろう。自分達は指示を守って商売を控えていた。それなのに聞かなかった連中のせいで普段以上の税金を取られるとなると、踏んだり蹴ったりだ。


 ただ、セシエルは一つ思いついたことがあった。


(修道院にはエディスの姉がいたはずだし、ハフィールさんならうまくできるんじゃないかなぁ……)

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