第6話 エディスの変化
スイール王国王都エルリザ。
王宮の近くで、またもいつもの騒動が勃発しようとしていた。
「おぉ、我がフィアンセ、エディス・ミアーノよ!」
ハルメリカから久しぶりに戻っていたエディスを見つけた、王子サスティが言い寄っている。
「今日こそ、演劇でも共に見ようではないか! さあ、さあ!」
「……」
エディスは無表情のまま王子を眺めていたが、ややあって、冷笑を浮かべてフッと息をついた。
「お子様ねぇ」
そう冷たく言い放つ。
予期せぬ反応に、サスティが険しい顔をした。
「お子様というのは何だ!? 余がお子様とでも言うのか!」
「はい。人を見つけるなりワーワー騒ぎ立てて、お子様だと思いません?」
「む、むむむ……」
図星というエディスのいいように、サスティは顔を赤くする。
「……私は他に行くところがありますので、失礼します」
無表情のまま一礼して、そのまま通り過ぎた。
サスティは唖然と見送り、周囲も「どうしたんだ?」とざわめいている。
「……なんてことがあったらしい」
1時間後、エルリザのギムナジウムでフィネーラ・リアビィがセシエルに話をする。
彼自身見たわけではなく、伝聞のようであるが、その内容に驚いているのは明らかだ。
「エディスの奴、何か変なものでも食べたんじゃないかって話が宮殿近くで持ち切りだ……」
「変なものを食べたというか……」
セシエルは苦笑する。
「黙っていればエディスは神秘的な印象もあるし、ますます美人ってことになるんじゃないかな」
「しかし、エディスだぞ? ワーワー騒ぐことにかけては殿下以上だったのに、いきなり冷たく見下すような態度だったらしい」
「それで誰かが困るわけでもないじゃん。エディスもたまにはクール・ビューティーを気取りたい時もあるだろうし」
「なるほど……。確かにそうかもしれないな。さすがに従弟だけあって、よく見ている」
フィネーラが頷いて、ふと視線を逸らして「おっ」と声をあげた。
「噂をすれば何とやら、だ」
確かに、エディスが前方の通りから歩いてきた。向こうもこちらに気づいたようで、「あら、セシエルにフィネ」と声をかけてくる。
「やっぱり、以前と比べると落ち着いた感じがあるな。何となくやりづらいから、セシエルに任せた」
フィネーラはそう言って、セシエルの肩をポンと叩いて、クルッと踵を返す。
セシエルが「えぇ」と思うより先に、エディスが反応した。
「あれ? どこに行くの、フィネ?」
「俺はちょっと用があるから、また今度な」
本当にやりづらいと思っているようで、そのまま去っていった。
「フィネはどうしたのかしら?」
エディスが不思議そうに首を傾げている。
セシエルはどう対処したものか迷ったが、変わったという様子を確かめるため、話を振る。
「殿下を今までとは違う方向性で冷たくあしらったらしいね」
「……何か文句があるの?」
セシエルに対しても、少し冷たい雰囲気だ。
「文句はないけど、今までとは違う反応にみんな驚いていたみたいだよ。何か思うところでもあるわけ?」
「別にないわよ」
エディスの反応は素っ気ない。
セシエルはもう一つ牽制を入れてみることにした。
「ツィアさんと比べて、殿下は子供だなぁと思ったわけ?」
「……」
無言になった。
どうやら図星らしい。
港の南で、エディスとツィア(ソアリス)の間に何があったのかはセシエルも分からない。ただ、「彼女は遠くが見えるが足下が見えていない。見てやれよ」というツィアの言葉からは、エディスに何らかの危機があり、それをツィアが助けたことは間違いないのだろう。
どうもその態度に心動かされるところがあったようだ。
「ツィアと比べると、落ち着きがないなぁと思ったのは間違いないわ」
「サルキアと比較しても?」
「……そうね。サルキアも短気なところがあるじゃない。ツィアはそういうところがなさそう」
「……」
今度はセシエルが回答に窮する番だ。
エディスの理解が間違っているとは思わない。
サルキアももちろん有望だが、二万近いビアニー軍を率いる総司令官だったソアリスの方が、人間的にはより大きなスケールがある。
また、既に許婚がいるため、エディスに対しても特に下心なく接していたのだろう。サスティを含めて貴族子弟の下心丸出しの求婚にイライラしていたエディスにとっては新鮮に映ったのだろう。
(とはいえなぁ……)
何も知らないなら応援してあげたいところであるが、ツィアの素性がビアニー王子であることを知っているセシエルからすると、「頑張れ」とは言えない。
ビアニーはオルセナに対して犬猿なんてものでは済まない憎悪関係を抱いている。そのオルセナの王女であるかもしれないからだ。
(もし知ったら、ソアリス殿下は全くクールにエディスをザックリやるかもしれないからなぁ)
言っておいた方が良いのか、あるいは黙っておいた方が良いのか。
(でも、今更言うとエディスだけでなく、ネミリーにも「何で黙っていた」と文句を言われそうだなぁ。エディスも今更オルセナ王女なんてつもりもないだろうし、余計なことを言うより黙っておこう)
クールになったエディスなら、恋愛と結婚は違うということが分かるだろう。
サルキアがふさわしい相手になったのなら、そのままサルキアのところに行くに違いない。
そうでない場合は、どうか。
それでも身分の違うツィアがどうこうとは思わないだろう。
「子供だなぁ」と思いつつもサスティのところに行くかもしれない。それも決して悪い話ではなさそうだ。
そう思った。思い込むことにした。
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