第5話 ツィア、再度西へ
4月、ツィア・フェレナーデはほぼ半年ぶりにベルティ中部のアネットへと舞い戻っていた。
そこで第4王子ルーリーの諜報隊長を務めているメミルス・クロアラントと面会し、これまでのことを報告する。
「ハルメリカは市長代理のネミリーがほぼ全てを統括しているが、こちらの親書を渡すことと礼文を貰ってくることには成功した」
そう言って、ネミリーの礼文を差し出した。メミルスは仰々しい礼をして、手紙を受け取る。見ていて少しイラッとなるほどわざとらしい。
「さすがは殿下です。大変ありがたいことでございます」
そういう性格だとは分かっているので、無視してベルティの状況を尋ねる。
「……こちらで何か新しい動きはあったのか?」
「動きはありませんね。何せ6人も当事者がいますから、お互い動きを牽制しあっております。ステル・セルアのサイファが動いてくれないことにはどうにもならないですね」
「それは構わないのだが、あまりのんびりしていると進捗がないままにビアニーが北からやってくるかもしれないぞ。まだ決めてはいないが、ビアニーに戻ることも考えているし」
ツィアの言葉に、メミルスは「さもありなんです」と頷いた。
「ですが、殿下はまだまだビアニーに戻ることがないと思いますよ。もう一つやることがおありかと思いますので」
「……?」
ツィアはけげんな顔をした。
「もちろん契約期間は残っているが、まだ何かしなければならないことがあるのか?」
「私達が求めていることではないですよ。殿下はオルセナで王子ブレイアン暗殺に加担したとのことですが……」
「あぁ」
陸路でオルセナを通過した際、コレイド族がビアニー王家といざこざを起こしていた。
コレイドに協力しているうちに、王子ブレイアンがやってくるという話となり、これを奇襲して王子を暗殺することに成功している。
「綺麗な手段ではなかったが、これでオルセナの未来はなくなった。ビアニー王家の一族としてはこれに勝る喜びはない」
メミルスは無邪気な様子で「どうでしょうか?」と笑みを浮かべて、短く言った。
「……もう一人、残っていますよ」
ツィアは目を丸くするが、フッと微笑を浮かべた。
「国王ブレイアンまで仕留めることはしない。奴は病弱なうえに50を超えているというし、これから後継を作ることもないだろう」
「いえいえ、もう一人、王女が残っています」
「……王女?」
「お疑いならオルセナの南部地域を歩いてみると良いですよ。現在、セシリームの南を統治している面々はオルセナ王女エフィーリアを戴く活動をしています」
「オルセナ王女エフィーリアというと、生まれてすぐ死んだのではなかったのか?」
ビアニー王家の一員として、オルセナ王家のことについては色々情報を有している。
現王ローレンスに娘がいたことは知っている。生きていればレルーヴ大公の息子に嫁入りするという話であったが、すぐに病死したという話だった。
ただ、残っていると言われて、落ち着いて考えてみれば不審な点もある。
「……そうか。レルーヴに嫁入りさせたくなくて、死んだという扱いにしていたのか」
「ご名答です」
「……」
ツィアは無言のまま考える。
王女が生きているのであれば、オルセナ王家の血筋は続く可能性が高くなる。そうなると、ツィアが苦労してブレイアンを殺した意味がなくなってしまう。
「……その王女がどこにいるのか、クロアラント伯は知っているのか?」
「さすがにそこまでは分かりませんが、王女が生きていることを前提にした面々が政治力を増している以上は、オルセナのどこかにいるのではないかと思います」
「なるほど……」
ツィアが頷いたところに、メミルスが自分の机にある手紙を取った。
「ところでここに、トレディア大公への手紙があります」
メミルスのあからさまな言葉、ツィアは不愉快な表情を浮かべた。
「オルセナを通りつつトレディアに行けというのか? それなら、まとめて渡してくれれば良いものを」
「ハルメリカとの関係は最重要ですが、トレディアはついでではありましたので、優先順位が変わりますので」
「ついでなら、俺がやらなくても良いのでは?」
ツィアの言葉に、メミルスもあっさり頷く。
「もちろん、殿下がどうしても嫌だというのなら諦めます」
「……本当に嫌らしい奴だよな」
ツィアは右手を伸ばした。メミルスが笑みを浮かべて、手紙と当座の金貨を手渡す。
国元を離れているので、手持ちの資金には限りがある。仮にオルセナで王女のことを調査するとなると、その間の資金を確保しなければならない。
そうした状況を理解して、メミルスは勧めてきている。そこに乗らざるを得ないのが腹立たしいが、助かることも事実である。
「どうやらアクルクアでは薬は手に入らないらしい。正直、今後どうしたらいいのか決めかねているところもある。もう2、3か月ほど調査をしつつトレディアにも立ち寄ってくる。これで良いか?」
「どのような形でも構いませんよ。きちんと形を残していただければ」
ツィアは反転して出口を目指す。
「殿下に会っていかれないのですか?」
「会っても、特に話すこともないだろう? 特に話すこともないのに、殿下の時間を費やすのも無駄だし、俺もどうせなら早く動きたい」
「承知しました。それでは御武運をお祈りいたします」
メミルスが恭しく頭を下げる。ツィアはそれを尻目にしながらその場を後にした。
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