第4話 ツィアの今後

 翌日、セシエルはツィア・フェレナーデを連れて市場を歩いていた。


 エディスは本当に書き取りをしている……のではなく、単に寝坊しているだけらしい。起きた後、本当に書き取りをすることになるのかは分からない。


「しかし、ハルメリカの市長はああも貴重なワインを簡単に空けて良かったのだろうか?」


 晩餐会での一事について、ツィアは口にした。


 何でも、ビアニーで年間五本しか作られない貴重なワインを、あっさり空けたようである。尚、中身はツィアも少し飲んだものの、ネリアムやシェレークがあっという間に飲み干してしまった。


 ただ、それで終わりというわけではなく、ネミリーは次から次へと貴重そうなワインを持ち出してきて、それらがあっという間に消えていった。


 非常に楽しいひと時ではあったが、ああまで気前が良くて良いのか、ツィアはそう思ったようだ。


「ネミリーは酒を飲みませんからね。ワインの価値なんか気にしていないんだと思います」


「……それならそれで構わないのだが……」


 セシエルは市場の奥の方を指さした。


「あそこがハルメリカで一番大きく薬草などを扱っているところですね」


 セシエルの言う通り、確かに建物自体が大きい。馬でも飼育しているのではないかと思えるくらいに大きな建物である。



「すみませーん」


 セシエルが入り口を叩いて、中の人間を呼び出した。


「この店だけ、戒厳令を解除しますので、この人を買い物させていいですかね?」


 出てきた若者に、ネミリーの手紙を差し出して見せる。いぶかしげに眺めていた若者だが、ネミリーの手紙を見て顔色がサッと変わり、慌てて奥へと駆けていった。


 程なく、責任者らしい年配の男が現れる。


「どうぞご覧になってください」


 と、かんぬきが下ろされている扉を開いて、2人を中に入れた。



 建物の中も広いうえに、薬草特有の臭いも漂っている。


「色々な薬があるんですねぇ」


 セシエルは数の多さに圧倒されている。ツィアはさすがに各地の薬屋を訪問して慣れているのだろう。驚いてはいるが、圧倒されているとまでは行かない。


「それはまあ、病気の薬もありますし、精力の薬もありますし、気が楽になるようなものもありますよ。何でもありますね」


 責任者の言葉に、ツィアが「それなら」と説明を始めた。


「全身が震えて、酷い時には立っていることもできず、物も満足に食べられないような症状に効く薬はないか?」


「……それは聞いたことがありませんね。風邪とかではないのですか?」


「そういう病気ではない。おそらく、筋肉の問題なのだろうと思う。本当に酷い時には心臓の筋肉も痙攣して意識不明に陥ることもあるのだが」


「……ちょっと分かりませんねぇ。多分、南のケネオンの店にもそうした薬はないと思いますね」


「そうか」


 完全に「ない」と言われて、ツィアは多少落胆したようである。


「ここ以外だと、どこにあるだろうか?」


 ツィアの質問に、セシエルが「ちなみにステル・セルアとイサリアは立ち寄っています」と付け加える。研究や物資が盛んな場所だからだ。


「そこにもないとなると、この大陸にはないんじゃないですかね?」


「別の大陸か?」


「もちろん、そこならあるという保証はできませんが、少なくともアクルクアにはないでしょうし、ここにないものはエルリザにもないと思います」


「そうか……」


 一度目以上に落胆の表情を浮かべた。


 とはいえ、別の大陸まで行かなければいけないのだから当然ガッカリするだろう。


「……よく分かった。邪魔をしたね」


 ツィアはそう言って、店を後にする。


 セシエルもその後に続いた。



 店を出て、ツィアはぼんやりと港の方に歩いていた。セシエルも何となく、その後をつける。


「そういえば……」


 ツィアが思い出したかのように言う。


「俺のことをハルメリカ市長に話さなくても良いのか?」


「……もちろん、考えましたよ。あ、ちなみに市長代理の方ですが」


 市長はネリアムである。ネリアムに話をしても何にもならない。


 ネミリーはどうか、セシエルは頭をかいた。


「ネミリーが対ベルティについてどう考えているのか分からないんですよ。場合によっては殿下に良くない扱いをするかもしれません。多分殿下は明日にも出ていくのでしょうし、知らないふりをすることにしました」


「そうか。まあ、ベルティにも長居しないだろうし、伝えてくれても構わないは構わないんだけどね」


「伝えたから特に何か得する話でもないんですよね」


「……分かった。それはセシエル公子に任せる」


「僕からも一つ聞いていいですか?」


「俺に分かることなら」


「今後はどうするんですか? アクルクア大陸に薬がないとなると、別のところまで行くんですか?」


 ツィアは手を仰いだ。「そうだなぁ……」と声を漏らす。


「正直、今は何とも考えられないな。まずはベルティに戻ってルーリー殿下に今回の件を報告するが、それ以降のことは白紙だ」


「ということは、このままビアニーに戻ることもありうるわけですか?」


「そうかもしれない。というより、その可能性が高いんじゃないかな。さすがに別の大陸まで行くというのは不可能だ」


 沈んだ面持ちで言う。


 淡々とした表情をしているが、許婚の治癒が見込めないというのは少なくないショックがあるのだろう。


 セシエルも掛ける言葉がなかった。

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