第3話 晩餐会への誘い
処分が決定すると、ネミリーが兄を見た。
「ということで、捕虜の管理を任せて良いですか? お兄様」
セローフに送り返すことは決定したが、と言って、いきなり全員連れていくというのも無理である。
ネリアムの旗下はそれほどいない。ハルメリカ防衛隊を連れていくとしても一度に五千人の捕虜を連れていくことは不可能で、せいぜい千人程度だ。それを何回かに分けて護送する必要がある。
「任せておけ! 兵士の護送などたやすいことだ!」
ネリアムは豪快に笑い、シェレークに「行こう!」と促した。
そのシェレークとネミリーの視線が合う。
「お願いします。ルードベック卿」
「おう! 任せておけ!」
シェレークがネリアムのような威勢の良い返事を返した。
ツィアは一瞬だけ、けげんな表情を浮かべた。
シェレークはゼルピナ出身だけあって、かなり救いようのない能天気な人物だが、比較でいけばネリアムより若干マシなように見えた。
しかし、今の態度はネリアムと同じように見える。
エディスが気づいたのだろう、小声で話しかけてくる。
「シェレークさんって、ネミリーに気がある奇特な人なのよ」
「……へぇ?」
「二年ほど前まで、あの2人が剣術の試合をするとネリアムさんがいつも勝っていたのよ。体格差があるから、同じ武器を使うとネリアムさんが体力と背丈で有利でしょ? それに気づいたネミリーが、『槍でも使えば?』って勧めて、それでたまに勝てるようになったの」
「……いい話なのかもしれないが、そのくらいは自分で気づいてほしい気もする」
体格差があるから同じ武器なら勝てないというのはよくある話である。
同じ武器の使用を義務づけられていたのなら仕方ないが、そうでないなら体格差を覆す武器の使用を考えるのが普通ではないだろうか。
とはいえ、ハルメリカに来るまでの彼らが、「馬を忘れた」と言うような存在だったことも事実である。武器の使い分けに気づいてほしいというのはビアニーでは当たり前の発想だが、ことゼルピナでは酷な話なのかもしれない。
「とにかく、それでシェレークさんはネミリーが一番の理解者だと思うようになったみたい」
「なるほど……」
ネミリーが目を逆三角形にして2人を向いた。
「そこの小声でヒソヒソ言っている2人、言いたいことがあるのなら、もっと大声で話したらどう?」
エディスが「おお、怖」と肩をすくめる。
「何でもありませーん」
「フン、まあいいわ。ツィア・フェレナーデと従者2人」
ネミリーがツィアとフラーナス兄妹に声をかける。
「ベルティからはるばる来てもらったうえに、戦闘まで手伝ってもらって大変助かったわ。お礼としてこの後晩餐会を開きたいので参加いただけないかしら?」
「晩餐会ですか……」
ツィアはシルフィとエマーレイを見た。シルフィは「美味しいもの、食べたい」とはっきり口にし、エマーレイも無言で頷いている。
「……それでは、有難く参加させてもらいたいと思いますが、その前に一つお願いがあります」
「何かしら?」
「今日はもう時間も遅いので無理だと思いますが、明日、市場を開いていただけないでしょうか?」
「明日?」
ネミリーも目を丸くした。
ハルメリカは貿易都市なので、市場の開閉は死活問題である。
とはいえ、今晩戦闘があった中、がれきの片づけも終わっていないのに明日市場をすぐに開くというのも難しい。
「何か希望があるの?」
「薬を探しておりまして、明日、帰る前に立ち寄りたいのです」
「……分かったわ。市場全体を開くのは無理だけれど、薬を扱うものについては特別に開くように、私から手紙を書きましょう。ただ、市場で薬商人を探すのも簡単ではないけれど、どうしたものかしらね……」
ネミリーが迷っていると、セシエルが手をあげた。
「僕が付き合いますよ」
ネミリーが頷いた。
「そうね、セシエルが案内してくれるなら安心ね」
続いてエディスも手を挙げる。
「私も一緒に回って良い?」
「ダメよ」
ネミリーの即答に、エディスがムッとなる。
「何で、よ?」
「何で? 灯台で見張りをしていなさいと言ったのに、勝手に前線まで出て行った挙句、危険な目に遭ったらしいじゃないの?」
ネミリーがジロッと睨みつけると、エディスは「げげ、聞いたの?」と後ろに下がる。
「今晩はさすがに疲れていると思うから勘弁してあげるけど、明日は朝から書き取りよ。『今後二度と1人で勝手な行動はしません』って千回書くまで、この屋敷の中にいなさい」
「ひ、ひ、酷すぎない!?」
悲鳴と絶叫の中間のような叫び声が、屋敷中にこだました。
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