第2話 戦後処理・1
市街地での戦闘が終了し、およそ一時間。
ネミリーはハルメリカの外れにある収容塔の下にいた。
ネリアムとシェレークが連れてきた大量のネーベル兵を見て、渋い顔をしている。
「こいつら、どうすればいいんだろう?」
彼らを派遣した相手が誰であるか、形式的に尋問する予定であるが、裏にいるのがセローフにいる大公の息子ロキアスであることは分かりきっている。
では、何故、ハルメリカに攻めろということになったのか。もちろん、ロキアスのハルメリカ嫌いもあるのだろうが、一番はネーベル兵そのものの負担である。
一万弱の特に必要でもない兵士を抱えておくのは経済的に負担以外の何物でもない。穀潰しになるくらいなら、敵対勢力に放り込んでしまえというものである。
そんな面々であるから、降伏されたとしても特に良いことはない。このまま抱えていたら、今後ハルメリカの食糧を無為に食いつぶすだけとなる。
経済的な面だけを見れば、全員斬り捨てたいという極論に至るが、さすがにそれでは評判が悪くなる。
「今回の戦いでハルメリカが得たもの」
ネミリーが大仰にメモに書き連ねる。
「スイール軍が協力してくれたこと、ベルティ第四王子の援軍がかなり優れていると理解したこと、ロキアスが裏にいたということが分かったこと」
「確かにそうだね」
セシエルが頷いている。
「一方、失ったものと失いうるもの。スイール軍に支払った金貨30万枚、今後しばらくネーベル兵の面倒をみる費用、残骸の回収費用。どう見ても収支が釣り合わないわね」
「何か秘策があるの?」
セシエルの問い掛けに、ネミリーはうんざりとした顔を向ける。
「ないわ。ロキアスの弱みを掴みはしたけど、これをいきなり発表してもレルーヴで大きな影響は及ぼさないし……」
セローフにいる大公トルファーノ・オルファシアの威光はレルーヴ全体に強く及んでいる。息子が反発的だからという短絡的な理由で反発しても、周囲の賛同は得ないし、他ならぬネミリー自身、大公との対決を望んでいるわけではない。
「どうしたらよいものかしらねぇ」
と、つぶやいた先にエディスがいるが、当然「私には分からない」という顔を向けてくるだけである。
「セローフに送り返せばよいのではないか?」
と言ってきたのは、客将のツィア・フェレナーデである。
「大公子のロキアスが仕組んだと言っても、大公自体が勧めていたわけではないだろう?」
「それはもちろん」
ネミリーも頷いた。トルファーノからは、むしろ情報を貰っていたぐらいである。
「それなら、そのまま送り返せばよいのではないか? セローフの罪人として扱ってくれ、と」
「そのまま送り返す……?」
ネミリーがけげんな顔をした。
「私達に敵対した連中を、そのまま送り返すわけ?」
そうなれば、またやってくるのではないか。ネミリーならずとも思うところだ。
「もちろん、またやってくるかもしれない。ただ、相手としてみると完全に失敗した連中を送り返されるということになる。そんな連中をもう一度信用して再度攻撃させると思うか?」
ツィアの問い掛けにネミリーも「あ、なるほど」と頷いた。
「そうか、ロキアスも疑心暗鬼になるし、送り返されるネーベル兵も不信感を抱くことになるわね」
トルファーノも、ロキアスも事態の詳細は把握している。
今回、ハルメリカに送り返して失敗したということで、ハルメリカもそうした事態を掌握したと考えるのが普通であろう。
それにも関わらずネミリーが、兵士達を丸々「この者達はハルメリカを勝手に襲撃したので大公の方で裁いてください」とセローフに送り返してくると、当然セローフ側はネミリーの何らかの悪意を疑うことになる。
ロキアスは「こいつら、ハルメリカに買収されたのではないか」と疑うことになるだろうし、逆にネーベル兵も「セローフの連中は自分達を都合の良い道具としてしか見てないのではないか」と疑念を抱くかもしれない。
もちろん、そうならないかもしれないが、彼らを罪人として抱えて金を負担することを考えれば、送り返す方が得だというツィアの意見には説得力がある。
「……さすがにベルティの参謀だけのことはあるわね。色々勉強になるわ」
ネミリーが感心して頷いた。エディスが目を丸くする。
「ベルティの参謀ってそんなに凄いの?」
「残念ながら亡くなった前王カルロア4世は百八人の知恵者を迎えて、各地の反抗を押さえていたと聞いているわ。ベルティはレルーヴと違って七つ八つの民族を抱える国家で、円滑に運営するための知識はより発展しているのよ」
「なるほど……」
エディスが頷いているので、ネミリーは結論を出した。
「ここではツィア・フェレナーデの意見を採用します。指揮官の尋問を経て、ロキアスの関与を明らかにさせた後、そのままセローフに送り返しましょう」
かくして、ネミリーは五日後にはハルメリカ防衛責任者であるエルブルス・ヘフネカーゼに率いさせて五千人近くいるネーベルの降兵をセローフに送り返した。
『この者達は、大公閣下がビアニーに協力してネーベルを攻撃した際に降ってきた兵士と主張しておりますが、どうしたことか、我々ハルメリカで財を奪おうと企画し、襲撃してきたものです。
憎き面々でありこの手で処刑しようかとも思いましたが、元々は大公が抱えられたものであり、大公の旗下に未だいるものと考えております。
ですので、この者達の処分は大公閣下がなさるべきものと思いますので、今回送還いたします。何卒厳重な処分を下していただきますよう、お願い申し上げます』
という手紙を添えて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます