2.勝利後の変化

第1話 セシエルとツィア

 ハルメリカ政庁の近くで衛兵を引き連れていたセシエルは、花火を確認して南に向かった。


 この動きは事前に打ち合わせていた通りである。赤い花火が上がれば北、青い花火なら南。無色の音だけのものなら屋敷に戻って詳細を聞け、というものである。


 南に向かっていたセシエル達だが、たどりついた頃には全て終わっていた。


 長身のエマーレイ・フラーナスと彼が引き連れた兵士が流れ着いてくる敵兵や船の残骸を回収している。


(ここにはソアリス殿下がいたはずだが?)


 セシエルはビアニー王子ソアリス、現在はツィア・フェレナーデと名乗っている男を探した。


 しかし、上陸できる地点には見当たらない。



「遅かったな、セシエル公子」


 付近を歩き回っているうち、声をかけられた。


 声がしたのは想定と全く異なる方向、相手が上陸してくる地点とは大分離れた、倉庫側の埠頭である。


 ここの沖あたりから鎖が張られているはずで、船の上陸はまずありえない。


「そんなところで何をしているのですか?」


「いや、泳ぎ着いてくる奴はいるかもしれないんでね。念のため警戒をしていた」


「泳ぎ着いてくる……」


 確かに船から飛び降りて、こちらに泳ぐことはできるかもしれない。現実味はないが、と思ったところでツィアが捕捉を入れる。


「何せ先程までエディス姫が目立つ形でバンバン魔法の弾を飛ばしていたからね」


「エディスが!? あれ、エディスはどこに?」


 エディスが灯台にいたことは知っている。


 南に向かう船団を見つけて、ネミリーに知らせると同時に自らは援軍に向かったのだろう。


 1人であっても、エディスの魔力なら船団相手に太刀打ちできる。


 しかし、当然それは目立つだろう。


 海軍の兵士達が1人の少女に追い返されたとなると笑い話になる。多少の危険を冒して泳いでくるネーベル兵もいたことだろう。ツィアはそういう相手を警戒していたらしい。


 それは理解したが、この場にエディスがいない。


「……心配は無用だ。終わったので、市長代理に伝えに行った」


「なるほど。そういうことでしたか……」


 セシエルは状況を理解し、ホッと安堵の息を漏らした。



「安心している場合じゃない」


 ツィアが真顔で言う。


「確かにエディス姫の魔力はたいしたものだ。もし自由にさせれば、ビアニー軍も大打撃を受けるかもしれない。しかし、あくまで自由にさせれば、の話だ」


「……」


「彼女は我々の理解できない遠くを見渡すことができる。しかし、自分の足元が見えていない。今回は俺の手に負える範囲だったが、そうでない可能性だってある」


「確かにそうですね。殿下のお手を煩わせました」


 セシエルは頭を下げた。


「そういう意味じゃないよ。それに彼女のためだけでもない。姫に万一のことがあったなら、俺達もルーリー殿下もハルメリカ市長代理の不興を被ることになる」


 ツィアがここに来たのは、本来はベルティ第四王子ルーリーのためである。ハルメリカとの友好関係を作りたいという目的のためで、今回の防衛戦に参加したのもその下心ゆえのことだ。


 しかし、仮に自分達の持ち場でエディスが死傷しようものなら、ネミリーは「何であんなのに任せたんだ」と怒るだろう。確かに不興を買うことになるかもしれない。


「つまり、仮に俺達が全滅したとしても、エディス姫に危害を加えさせるわけにはいかなかった、というわけ。何も彼女の騎士たらんとしたわけじゃない」


 ツィアはおどけたように言った。



「……頼りにならない作戦しか立てられずすみません」


 セシエルは一応頭を下げたが、同時に軽く反論もする。


「ですが、そこまで読めるのなら、殿下がエディスの騎士たらんとして、足元を守ってあげても良いのでは?」


 これはかなり意表を突く言葉だったようで、ツィアが「えぇ?」という驚きの顔を向ける。


「それはない。俺には許婚がいることは公子も知っているだろう?」


「それを言うと、エディスにだって許婚はいますよ」


 既に二年前にトレディア大公子サルキア・ハーヴィーンとの間に婚約を締結している。


「エディスを護ることで、トレディアに恩を売ることができるかもしれませんが?」


「トレディアはなぁ……」


 セシエルの言葉に、ツィアは「うーん」と首を傾げる。


「正直、恩を売ってもベルティに手を伸ばす余裕はないだろう」


「それなら、それこそエディスを連れていけば戦力になるのではないですか?」


「セシエル公子、何を企んでいるんだ?」


 ツィアがけげんな顔を向けてきた。


「企んではいませんよ。エディスはとてつもない天才だと思いますが、同時にとてつもない問題児であることも確かです。そういう人をうまく扱えるのは殿下のような何でもソツなくできる人ではないかと思っただけですので。それに」


「それに、何だ?」


「僕は殿下の許婚を見たことないので、失礼な物言いかもしれませんが、いくら重病とはいえ、殿下の行動を随所、随所で邪魔をする人が許婚で良いのかな~とも思いますし」


「……それは本当に失礼な物言いだよ」


「申し訳ありません」


 セシエルは謝罪こそしたが、内心では間違ったことを言ったとは思っていない。


(殿下がエディスと組めば、ぶっちゃけガイツリーンの問題も解決するし、ベルティの問題もおさまるだろうし、当然ガフィンの怪しい研究にも掣肘を加えられる。アクルクアの色々な問題が一気に解決すると思うんだけどなぁ)


 言葉にしないものの、そう考えたのであるが。


(あ、でも……)


 重要なことを忘れていたことを思い出した。


(考えてみれば、エディスはオルセナの王女かもしれないんだった。ビアニー王子の彼がそんなことを知ったら、速攻殺しにかかるかもしれないんだ。それはそれでまずい、か……)

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