第14話 勝利
市内の北と南で戦闘が起きている間、ネミリーはハルメリカ政庁の執務室に待機していた。
室内には大きな市内の地図があり、部隊の配置がマーキングされている。
夜10時になろうというころ、シルフィが入ってきた。
「大変! 相手の船がかなり多く南に回っちゃった!」
ネミリーは少しぼんやりしていたが、すぐに顔をあげる。
「……誰か向かった者は?」
「エディスお姉ちゃんが……」
シルフィの答えに、ネミリーは顔をしかめる。
「1人で?」
「うん、1人で。ツィアさんと兄ちゃんと合流して、どうにかするみたいなことを言っていたけれど」
「……どのくらいの敵が南に行ったか分かる?」
「あたしは分からなかったんだけど、お姉ちゃんは10隻くらいって」
「分からなかった?」
ネミリーが眉を顰める。シルフィが「つまり」と、灯台の光だけでは肉眼で見えなかったこと、しかし、エディスは魔力をうまく使って探知していたことを説明する。
ネミリーは呆れたような溜息をついた。
「当たり前のことはできないのに、誰にもできないことをやりだすから困ったものよね……。まあいいわ」
ネミリーはすぐに立ち上がり、中庭へと向かった。
そこに設置されている二本の筒のようなうち、一本に火をつける。
たちまち大きな花火が打ちあがり、青い炎が上空に飛び散る。
「……これでセシエル他の警備兵が南に向かうはずだけど……」
「だけど?」
「エディスは移動するのがとてつもなく速いからね。果たして今から移動して追いつくのかどうか」
さすがに親友のことをよく分かっている。ネミリーの危惧にシルフィも頷いた。
「あの人の奔放さってどうにかならないの?」
「どうにかなるなら、私やセシエルがもっと早くにどうにかしているわよ」
ネミリーは大きな溜息をついた。
花火をあげて数分。
外に待機していた執事のコロラ・アンダルテが入ってきた。
「ネミリー様、先程南への花火が打ちあがり、警備兵の多くが南側に向かいました」
「えぇ。私が手配したのだけど、何か気になる動きはある?」
「いえ、さすがにここから南側の様子までは……」
ハルメリカは小さな突き出た半島状となっている。小さなとはいっても、南北2キロはある。中心地にある政庁から南側を見るのは不可能だ。
「今のままだと警備兵がほとんど南側に向かいますが大丈夫でしょうか?」
「北側は大丈夫でしょ。スイール船団にハルメリカ船団がいるうえに、お兄様達も待機しているし。エルブルス以外は全員馬鹿だけど、相手も準備万端のここに攻めよせてくる馬鹿だから、そこは相殺されるでしょ」
一方の南側には向かったエディス以外には、ツィアとエマーレイしかいない。
どちらもネミリーはあまり信用していないようで、不安な様子である。
「そんなに多く、南側に行くとはね……」
顔をしかめるが、いつまでも引きずることはしない。
「ま、そうはいってもその布陣でゴーサインを出したのは私だし、できる手は打ったのだから、あとは味方を信用するしかないわね」
「南の方は大丈夫だと思うけど……。ツィアさんも強いし、兄ちゃんも馬鹿だけど体力は負けないし。ただ、エディスお姉ちゃんは誰も予想しない行動に出るから」
「幼児と同じなのよね……」
ネミリーは毒づくように言った。
待つこと一時間ほど。
「エディス様!」
というコロラの声が聞こえてきた。
「エディス?」
ネミリーが立ち上がって扉を開けた。
その向こうに、見慣れた黒髪の美少女が立っていた。ネミリーとシルフィを見て、力なく笑う。
「何とか、南側は解決したわよ……」
声も多少元気がない。
「エディス、大丈夫? 気のせいか顔が青白いようだけど?」
ネミリーが心配そうに問いかけ、ケガでもしていないかと全身を見定める。
「大丈夫よ。人が死んだりするのを見て、ちょっと気持ちが悪くなっただけ……」
「それは……まあ、そうよね。ツィア・フェレナーデとエマーレイ・フラーナスも無事なの? 被害は?」
「2人とも無事よ」
エディスの言葉にシルフィがホッと息をつく。
「被害もそんなにないんじゃないかな。一番危なかったのは私だったかも……」
「ええっ? そうなの? 本当に大丈夫?」
ネミリーがやや取り乱したように体のあたりを確認する。エディスは「大丈夫だって」と再度笑う。
「危なかっただけで負傷はしていないから。遠くを見るのは結構だが、もう少し近くも見た方が良いって、ツィアに言われた」
「あぁ……」
当たり前のことはできないのに、エディスにしかできないようなことをやってのける、という先程のネミリーのエディス評。それが悪い形で具現化してしまったのだろう。
「……そこは今後の反省点ね。まあ、とりあえず南側が無事に終わったのなら、ほぼ勝利と見て良いのでしょうね」
ネミリーが安心したように言い、事実、それから間もなく北側からも戦勝を伝える伝令が飛んできた。
もっとも、勝利となってもネミリーに浮かれるところはない。「そう」と冷たく言ったのみだ。
「随分冷たくない?」
というエディスの言葉に、「仕方ないでしょ」と応じる。
「……勝つのはあくまで最低限のノルマよ。私達は攻め込まれた側なのだから、勝手に置いていった死体とか船の残骸を片付けなければならない仕事が残っているのだから……」
それは下手すると戦いそのものよりも憂鬱だ。
ネミリーは溜息をついて頭を落とした。
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