第2話 集落を探して

 共に南部へ行くと決まったので、セシエルは午後から再び衛兵を集め始めた。


 ジュニスとライナスがけげんな顔をして、問いかけてくる。


「おい、衛兵は信用できないとか言っていなかったか?」


「それはバーリスで行動する分には、だよ」


 セシエルは涼しい顔で答える。



 バーリス市内ひいてはネーベルの市街地に関してはウォリスが権限をもつ。


 しかし、市街地や街道の外、つまり盗賊が暴れているような地域についてはセシエルとジオリスが優先権をもつ。


 バーリスの治安維持についてはウォリスの権限を犯すが、盗賊退治の兵士を集める分には自由だし、また、バーリスの外であれば衛兵達が裏切る心配も少ない。


「仮にそれを警戒して、何かしら手を出してくるのであればチャンスだしね」


 ウォリスと盗賊団の顔であるクビオルクとの関係は、現時点では証明できない。


 ただ、クビオルクにとっては盗賊団を討伐しに行くのは都合が悪いことだろう。ひょっとしたら、手出ししてくれるかもしれない。


 そうなれば逆にチャンスである。捕まえて尋問して情報を引き出せるかもしれない。


 もちろん、そうならない可能性も高いが、相手が手出しする可能性があることはやっておきたい。




 不安は兵の集まりであったが、これは何の問題もなかった。


 バーリスはそのせいもあるのだろうか、昨夜も、今も兵士の集まりは早い。


 市内で無為な時間を過ごすよりは、何かしらの活動をしたいということだろう。


 その日のうちに100人ほどの兵士を集めて、セシエルは一回解散した。


 ジュニス達とともに、ユーギットの屋敷に寝泊まりする。


(もし、僕らの活動を邪魔したいと思うのなら、この夜はチャンスかもしれない)


 ガフィンにしても、クビオルクにしても、ウォリスにしても、動いてくれるならチャンスだと思っていたが……


 その夜は何事も起きることなく、翌朝を迎えた。



「お、何ですか? それは」


 ライナスがセシエルの持つメモのようなものに目を留めた。


「一度失敗しているんでね。今回は細かい見落としがないように衛兵の名前や特徴をチェックしておいた」


 100人の兵士を一息に覚えるのは無理である。特徴と氏名を記録しておいて、万一入れ替わりなどがあった時に気づけるようにしておきたい。


 そんなセシエルに対して、ジュニスは欠伸をしながら言う。


「……そのくらい覚えられないか?」


「覚えられないよ。君は覚えられるというのかい?」


「……顔と名前は覚えられないが、魔道力なんかは何となく感じるな」


「……それは羨ましい」


 そんな馬鹿な、と思う反面、ジュニスならありえるという気もしてくる。



 待ち合わせ場所としていたバーリス市の南門に100人の兵は一人残らず揃っていた。


 セシエルの記録とも、ジュニスの記憶とも合致するので、そのまま出発となる。


「……誰も動かず、か」


「まあ、何とも言えん。街の中より、外の方が襲撃しやすいのは間違いないからな」


 ユーギットが声をかけてくる。


「ただ、できれば帰りに襲ってくれるとこちらは有難いな」


「ハハハ、確かに……」


 今、現在、セシエル達は子供達を馬車に乗せて進んでいる。


 そのため、仮に襲われたら全員で迎撃することができない。


 それでも、ジュニスがいるので負けることはないと思うが、全員がきちんと戦える状況の方が望ましい。




 南へ向かうこと七日。


「この近くだと聞いているが……」


 地図と磁針、太陽を参考にユーギットが周囲を見る。


 セシエル達の目には同じ光景のみが広がっている。平原地帯が広がり、時折視界の端に集落やら丘のようなものが見える程度だ。


「あれが樹海ってやつかな?」


 ジュニスが先の方に目をこらす。


 目指す子供達の集落は見えないが、南東の方に確かに森の広がりが見えてくる。その遥か南には山岳地帯がある。


「どうする? 中に入ってみるか?」


 ジュニスの問いかけに、セシエルはユーギットと顔を見合わせる。


「興味がない、と言えば嘘になるけれど」


「できれば身軽になって入りたいものだな」


 樹海の中で何が起こるかは分からない。


 自分の身は守れる自信があるが、子供達を抱えたままだと守りづらい。


 しかし、彼らが戻るべき集落が見当たらない。


「うーん」


 セシエルの胸に嫌な予感が過る。




 しかし、それは杞憂だったようで、ジュニスがふと馬を止める。


「どうしましたか?」


 ライナスの質問に対して、ジュニスは地面を眺める。


 緩やかな丘のようになっているところだ。


「……魔力の痕跡のようなものを感じるな」


「魔力の痕跡?」


「この近くでそう遠くない昔に、大きな魔力が使われたようだ。周りとは明らかに漂う魔力の質が違う」


「ほう……」


 セシエルは一年前の魔術学院の講義を思い出した。


 大魔道士であれば、周辺の魔力を根こそぎ使うような大きな魔道を放つことができる。そうなると、使われた魔力相当のものがその地域から失われることになり、回復するまでに時間を要する。


 この辺り一帯は地形的には変わらない。


 それにも拘わらずある地点だけ魔力の均衡が崩れているとなると、何らかの大きな魔力が使われた可能性がある。


「となると……」


 怪しいのは周囲の丘ということになる。

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