第3話 樹海の奥へ
「はっ!」
ジュニスが丘の真ん中に大きな魔力を打ち込んだ。
地面が破裂し、下から焼け焦げた木炭のようなものが無数飛び散る。
集落だけではない。ボロボロに焦げた兜や鎧のようなものも埋まっているし。
「うわ……」
兜の下には焼け朽ちた人のような跡も見受けられる。
セシエルもさすがに絶句せざるをえない。
何者かがこの集落を襲い、焼き払ったうえに地中深く埋めようとしたのだろう。
「ただ、よく分からないんだよな……」
一方で、暴いた当事者であるジュニスは首を傾げている。
「何が分からないんだ?」
「つまり、だ。この集落を埋めたのは、相当な魔道士だろうが、恐らくあの中にいる」
視線を南の樹海の方に向ける。
「ただ、それとあの子供達と船の連中との関係がよく分からない。更に言うとガフィンとの繋がりもはっきりしない」
「それをはっきりさせるためには、あの中に行かなければいけないわけか」
セシエルは足下の炭を眺めて口をへの字に曲げる。
相手が非友好的であれば、非常に厳しいことになりそうだ。
「森の中だと兵士を連れていっても仕方なさそうだ。どうしたものかな……」
相手の正体が分からない以上、あまり大勢で行きたくはない。敵意があると思われるかもしれない。
ただ、元から向こうが敵意を持っている可能性もあるので逃げることも念頭に入れておいた方が良い。
「俺とセシエルで行くのが無難かな」
「いや、ジュニス様、私も」
「おまえはセシエルより重いから」
進み出たライナスに、ジュニスが冷然と言い放つ。
セシエルは60キロに満たない体重だが、ライナスは80キロを超えている。20キロの差は逃げる時の魔力負担の差にもなる。
ライナスが愕然とするさまを見て、セシエルは悪いと思いつつも笑い声を立てた。
行く2人が決まったので、次は衛兵達と子供をどうするか。
ライナスと、できればユーギットにもついていてもらいたいところだが、ジュニスとユーギットの契約期間は10日である。程なく切れる。
セシエルはユーギットの表情を伺った。
「……バーリスに戻るまでは期間と考えますよ」
契約が切れたからとこんなところで1人で放っておかれては、私も困るとユーギットが苦笑した。
「しばらくここで待ちますが、ただ、いつまでも待つことはできません」
「それはそうだ」
ジュニスもセシエルも頷くところだ。
「10日待ちますが、それまでに戻らない場合はバーリスに帰還します」
「承知した」
ユーギットとライナスが了承したので、セシエルは手持ちの資金をユーギットに渡してジュニスとともに樹海へと向かった。
近付いていくにつれて、樹海はどんどんと広がりを見せていく。
「ああいう中に入ると方向感覚をなくすらしいね」
セシエルの言葉に対して、ジュニスは首を傾げる。
「……俺は入ったことがないから分からん」
「いや、僕もないけどさ」
「仮に方向感覚をなくしたとしても、木の上から眺めればどっちが外かは分かるだろう」
「……頼りにしているよ」
滅茶苦茶ではあるが、こういう場所でのサバイバル能力はジュニスの方が桁外れに高いのは間違いない。常識にとらわれないしことを思いつくし、やる能力も持ち合わせている。
覚悟が決まったので2人は早速樹海の中に入った。少し進むとほぼ真っ暗となる。
「ここの灯りは僕がつけるよ」
木々で遮られているが、その近くには熱源もあるし光もある。魔力として引き出すのはさほど難しくない。セシエルが小さな灯りをつけて付近を照らす。
「もっと明るい方が良くないか?」
「いや、あまり目立つとそれはそれでまずいでしょ」
ジュニスなら燦燦と輝かせることも可能かもしれないが、中に住む者に「とんでもない奴が来た」と教えるようなものである。なるべくならジュニスの能力は隠しておきたい。
「ちょっと待った」
ジュニスが足を止めた。
「この数十メートル先が沼地になっているな」
「本当?」
セシエルは先の方を照らすが、まるで分からない。
「全然そうは見えないけど?」
「目に見えるもので考えるなよ。魔力とかエレメンタルを感じれば分かるだろ?」
「いや、そんなことができるのは君くらいだよ。もしかして、ホヴァルトでは君以外にもそういうことができる者がいるの?」
同じホヴァルトから来た者の中でも、ライナスにはジュニスのようなことはできないようだ。だが、これだけとんでもないのがいるのなら、中間くらいの存在もいるのかもしれない。
「……いないなぁ。俺の親父や姉もこういう部分はさっぱりだった。だから死んだんだけどな」
「……部族同士の戦いで死んだんだっけ?」
「そうそう。俺が言うのも何だけど、親父も含めて部族全員が何も考えない連中だったからな。山の中を進んでいって、上から石を落とされて全員ぺしゃんこだ。俺とライナスだけは危険を察知して逃げ延びた」
「そうなんだ……」
想像していたよりも壮絶な死にざまである。どう答えたら良いのか分からない。
「おっと、沼の向こうの方に光源のようなものが見えるな」
ジュニスは全く気にしていないようで、あっさりと話題を切り替えた。
「……沼の向こうか。どうする?」
光源がある、ということは誰かしらがいることを意味する。
過去の話よりも、今のことに集中せざるをえない。
「さすがに正確な広さは分からんから、飛び越えるのは難しそうだな」
「それはね……」
木々も遮っているし、飛び越えるのは無理だろう。
沼の深さが分からない以上、迂闊に入るわけにもいかない。船か筏が作れればベストであるし、周りには木は沢山ある。
「……とはいえ、船に適した素材ではなさそうだし、切る道具もないしなぁ」
セシエルが悩むそばで、ジュニスは近くの木の枝を切って、火を灯す。
それを沼の向こうに向かって振っていた。
「仮にここに誰かが来るとしても、船を用意することはできないだろう。となると、普通に合図を送るのが良いんじゃないか? こちらから近づいても攻撃されるかもしれない以上、呼んだ方が楽だろ?」
「まあ、確かにね」
やはりサバイバル能力や肝の座り方はジュニスの方が上のようだ。樹海の中で見ず知らずの者を呼び寄せるだけの豪胆さは、自分にはとても身に着きそうにない。
合図を送り続けているジュニスを、呆れ半分、感心半分で見ているうち、奥の方からも明かりがついた。
それが少しずつ近づいてくる。
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