第4話 禁忌を追うもの

 どうやら筏のようなものに乗っているようだ。微かに水を漕ぐ音が聞こえてくる。


「お前達は何者だ? 何をしにここに来た?」


 向こうが先に声をかけてきた。低い、脅すような口調だ。


 ジュニスが「ハン」と笑って答える。


「何をしに、というのはご挨拶だな。おまえ達の仲間か知らんが、バーリスで訳が分からんことをするから、こっちは来たくもないのにここまで来たんだ。それで何をしに来たなんて言われてもこちらが困る」


「ジュニス、君ね……」


 もう何度呆れたか分からないが、またまた呆れる。


 一方で、ジュニスの言葉は真実でもある。それを本人が更に言い始める。


「ひょっとしたら、おまえ達の仲間かもしれないがガフィン・クルティードレという男がいらんことをして、このあたりからさらわれた子供を置いていったわけだ。俺達とすると、子供を見捨てるわけにもいかないから連れ戻しに来たら集落そのものがない。どうもこの中に答えがありそうだからやってきた、というわけだ。文句あるのか?」


 あぁ、これは喧嘩になる。


 セシエルは確信した。


 相手が格上のようならば逃げないといけない。




 向こう側はしばらく無言だった。


 しばらくして、最初の男とは異なる別の男の声が届く。


「……貴方達は兄と会ったわけですか」


「兄? ということは、あんたはガフィンの弟なのか?」


「はい。バーフィン・クルズコールと申します」


「……微妙に名前が違うようだが?」


「えぇ、本来の家名はクルズコールです。兄は便宜上、クルティードレと名乗っているようですが」


 バーフィンの言葉に、ジュニスが「何だ、それは?」と首を傾げる。


「色々と面倒な奴だな。でも、それはいいや。弟なら、兄の奇行の原因も知っているだろう? それを教えてくれて、子供を預けるところがあるのなら、俺達だってこんな気味悪い森の中にいるつもりもない。さっさと出て行きたいくらいだ」


 だから教えろ、そうジュニスが呼びかける。


 そうこうしているうちに筏がついたようだ。明かりがパッとつく。


「……兄弟?」


 顔が露わになったが、第一印象はあまり似ていない、であった。


 ただ、それは表情の差もあるかもしれない。ガフィンはあまり表情のある男ではない。一方、弟のバーフィンを名乗るこの男はもう少し生気がある。


「なるほど。この付近では全く見ない顔ですね」


 バーフィンはジュニスとセシエルの顔を眺めて言う。続いて頭を下げた。


「……色々面倒に巻き込んだようで、兄に替わってお詫びいたします」


「それはいいんだが、結局何なんだ? クビオルクとか、ガフィンとか、この樹海とかさっぱり分からん」


 ジュニスがまくしたて、バーフィンは困ったような顔をしつつも笑顔になる。


「ひとまず、私達の集落に来てもらいましょうか。その間にお話しますよ」


「……ということは、この筏に乗るの?」


 明かりで照らすと、あまり大きな筏ではない。4人も乗って大丈夫なのだろうか?


「大丈夫ですよ。多少の魔力は働いておりますので」


「まあ、沈みそうなら逃げることもできる。いいんじゃないか?」


 バーフィンとジュニス、それぞれの言い分を受け、セシエルも筏に乗ることにした。



 沼と思ったところであったが、実際には川であるらしい。


 その川を下りながら、バーフィンが身の上話を始めた。


「まず、私達ですが、元々はこの樹海から出て20キロほど北東に行ったあたりに住んでおりました」


「結構距離があるようだけど、何でこの樹海に?」


「はい。貴方方もご存じのようにネーベル南部ではクビオルクが幅を利かせております。実際、私達の集落も4年前に彼らに焼かれました」


「……なるほど。おたくら兄弟は盗賊の被害者ということか」


「はい。特に兄はその際に妻と息子を殺され、精神に非常に大きな打撃を受けることとなりました」


「何と……」


 セシエルは絶句した。


 そうした恨みがあるから、子供をさらった船員達を皆殺しにするよう指示を出したのだろうか。


 ただ、そうすると疑問もある。


 あいつはクビオルクだ、と名前を言い当てながら、当のクビオルクにはそれほど強い憎悪を見せていなかったことだ。


 その疑問をバーフィンにぶつけてみる。


「……兄は司教でありましたから、人に対して憎悪を抱いてはいけない、と説いておりました。人にそう説いておきながら自分だけが憎悪に身を浸すことはできません。とはいえ、何もせずにいるにはあまりに大きな悲しみです。結果、兄は別の目標を持つようになりました」


「別の目標?」


 バーフィンは大きな溜息をついた。


「妻と息子を生き返らせる、ということです」



 セシエルとジュニスは顔を見合わせた。


「生き返らせるって、そんなことができると本気で思っているのか?」


「……本気かどうかは分かりません。ただ、微かな可能性がこの樹海に存在しています」


「この樹海に?」


「イサリア魔術学院をご存じでしょうか?」


「もちろん」


 セシエルが答える。一方のジュニスは「聞いたことくらいは」という反応だ。


「ここには魔術学院で優秀な成績を修めながら、禁忌に手を出して追放されたものがいます」


「禁忌?」


「禁忌といいますか、禁呪といいますか……。あまりにも危険すぎる魔道のことです」


「それは暴走ってこと?」


「暴走とは異なります。いわゆる人の道に反するような研究、ということです」


「それを使えば、死人が生き返るかもしれない、と?」


「まあ、残念ながらその可能性が存在しています……」


 残念ながら、と言うバーフィンの表情は暗い。


 ということは、彼自身はあまり歓迎していないのだろう。


 その態度を見て、セシエルは確信した。


 この樹海で行われている研究は本当にまずいものであるらしい、と。

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