2.樹海の中へ

第1話 セシエルの失敗・2

 ネーベルの南部地域から、ガイツリーン東部一帯に広がる森林地帯。


 一般に「樹海」と呼ばれる地域である。


地図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093075645418718


 この周辺地域はそもそも盗賊などが多く、危険ということもあり、近づく者がいない。


 また、周辺国も面倒を避けるので調査に及ぶこともない。


 個々人として入った者はいるのかもしれないが、何かがあったという結果が語られたこともない。


 すなわち、何があるのか、ほとんどの者が知らない地域である。



「その樹海と呼ばれる地域に何かがあるのかな?」


 近くに住んでいた子供達がさらわれ、素性が分からないようにさらった連中が皆殺しにされたところを見ると、隠したいものが樹海にあるようにも見える。


「……そうかもしれない。ひとまず、行ってみれば分かるのではないかな?」


 ユーギット・パメルが出かける準備をしながら言う。


 自分の下で働け、というジュニス・エレンセシリアに10日間だけついていくことにしたらしい。


「……しかし、元国軍司令官が動いて大丈夫なんですかね?」


 と疑問の声をあげるのは、合流したライナスだ。


 確かにその通りで、バーリスを占領しているビアニーの者にとって、元国軍司令官は厄介な存在であるはずだ。勝手に動いて良いものなのかどうか。



「動くなとは誰にも言われていない」


 ユーギットは肩をすくめた。


「降伏の際の条件は、国王と王弟がビアニーに向かうだけで、我々ネーベル軍には何もなかった」


「そうなんですか。ソアリス殿下も随分と寛容と言いますか」


 セシエルの言葉に、ユーギットが苦笑交じりに言う。


「舐められているということだろう。バーリスの城壁や海軍がなければ、ビアニー軍が負けるはずがない、とな」


「それはあるかもしれませんけど、それはあくまでソアリス殿下が指揮している場合でありまして」


 ウォリスではどうなのか、非常に心もとない。


「あと、私は元々ネーベルの貴族というわけではない。国王がいない今、仮に私が反乱などを企んだとしても有力者はついてこないと踏んでいるのだろう」


「なるほど……」


「ピレントの話を聞いていても、ビアニーはそれほど酷くはないらしい。おそらく、ビアニーが支配することになって喜んでいる者の方が多いのではないかな」


「……」


 ピレントが穏健に扱われていることで、ネーベルも比較的気楽に降伏できる。


 これこそまさにエリアーヌの即位でビアニーが期待したことである。


 今のユーギットの話からは、期待が実現されていると言って良いのだろう。



 もっとも、それはあくまで総司令官がソアリス・フェルナータだったからである。


 ウォリスとジオリスという、ソアリスに及ばない兄弟が率いている今、支配が円滑に続くのか。クビオルクが幅を利かせている現状、ネーベルに関しては不安である。


 ここでセシエルは自分がもう一つのミスを犯していたことに気づく。


 ウォリスの統治がかなりいい加減であること、更にはクビオルク・カラバルのような危険人物が歩いていること、これらをジオリスに報告して何とかさせたいのであるが。


「証明ができない……」


 両者が結びついているという証拠がない。


 証言が得られたかもしれない船員達は全員殺されてしまったし、セシエルはクビオルクの顔をはっきり記憶していない。ウォリスとクビオルクの関係についてはガフィンの話しか裏付けるものがないが、そのガフィンはバーリスから姿を消してしまった。


 あらかじめしっかり証拠となるようなものを集めておいてから動けば良かったのであるが、奴隷という話に動転してそちらの方ばかりに気が向いてしまった。



「……それでも、エリアーヌとジオリスには伝えておくか……」


 どう動くか分からないし、あるいは信用してもらえないかもしれない。


 ただ、ウォリスをそのまま放置しておくのが危険だということを伝えれば、あるいは前王妃のヒュネペアが動いてくれるかもしれない。現状、ビアニーで一番頼れそうなのは彼女である。


 セシエルは念のため開示されても良いように暗号を交えて手紙を書く。ジオリスは不安だが、エリアーヌは解いてくれるだろう。


 書き終わると街の入り口まで向かい、バーリスとアッフェルを行き来している連絡員に渡した。連絡員はどこかの所属というわけでもないので、きちんと届けてくれるはずだ。


 ふと、ついてきているジュニスに尋ねた。


「君は長距離でもあっという間に走れるんだよね?」


 従姉のエディスが、馬車で数日かかる距離を一日で踏破したという話がある。


 魔力を移動に使うと、かなり早く行けるものらしい。


「そうだな」


「そういうのって、どのくらいの時間続けて移動できるんだ?」


 もしも、ジュニスが何日も移動しつづけられるのなら、彼に任せた方が確実だったかもしれない。もちろんジュニスはジオリスのこともエリアーヌのことも知らないが、王城まで行って誰かに預けることくらいはできるはずだ。


「一日くらいが限度かねぇ。魔力を使う時間が長ければ長いほど疲労も半端ないからな」


「それだけ長い時間魔力を溜め続けて、暴走とかは起こさないの?」


「ある程度集めた時点で、魔力の集中自体は打ち切っている。あとは溜めた魔力で移動している感じだな」


 ジュニスの説明に、セシエルは目を丸くする。


「そういうことを計算してやっているわけ?」


「まさか。慣れだ」


「……そうだよね」


「魔力を使うと頭への負担が半端ないからな。他の事を考える力なんてなくなるさ」


 ジュニスはそう言ってワハハと大声で笑う。


「……なるほど。だから魔力の大きい奴って、考え無しが多いのだろうか……」



 と、この時点では魔道に対して失礼なことを考えたセシエルだが、数日後にはそれが誤りであると知ることになる。

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