第11話 ジュニスとユーギット

「ホヴァルト……?」


 ユーギットの表情が変わる。それに応じて、黒いアザのようなものの形も変わったように見えるのが一瞬可笑しく思えた。こういうところが「黒猫」の異名と繋がっているのかもしれない。


 ジュニスは全く悪びれずに誘いかける。


「そうだ。俺もいずれはホヴァルトに戻って、統一するつもりでいるし、そうなったらいずれビアニーやステレアを攻撃することもあるかもしれない。その時に、そうした国のことを知る存在がいたら便利だからな」


 マジかよ。セシエルは内心でつぶやいた。


 呆気に取られているユーギットにジュニスは更に話を続ける。


「とはいえ、おまえも今日いきなり会った奴について来いと言われて『はい、ついていきます』とはならんだろう。逆もまたしかりで、俺もおまえのことをネーベルの元国軍司令官と聞いているが、どれほどのものか全く知らない。ま、もちろん」


 ジュニスは短剣を指さす。


「こっちについては、その気になれば今すぐにでも確認できるけれど」


 実力についてはいつでも証明できる。そういうつもりらしい。



 セシエルは「おいおい」とハラハラしつつ、ユーギットの反応を待つ。


 そのユーギットは呆気にとられたような顔を聞いていた後、大きく首を傾げて尋ねる。


「ホヴァルトなど、冗談のような存在だと思っていたが、本当におまえはそこの者なのか?」


 そこからユーギットが歴史を説明する。


 ガイツリーン同盟は150年ほど前に結ばれたものらしい。


 署名国はステレアを筆頭にネーベル、ピレント、ソラーナ、レインホートと続き、ホヴァルトの署名もある。


「……その時のホヴァルトの代表の名前はホーコン・エレンセシリア」


「そうそう、俺のひい爺ちゃん」


「……証明できるのか?」


 ユーギットが当然とも言える問いかけをしてきた。


 ジュニスは特に慌てる様子もなく、「できない」と即答する。


「どうやって証明すればいいんだ? この場でひい爺ちゃんを生き返らせろ、とでも?」


 ユーギットが笑った。


「……そうだな。仮に生き返らせたとしても私が分からない」


 150年前の人物である。見極めろと言われても不可能であろう。


「大体、俺は俺だ。ひい爺ちゃんと比較されても困る。俺もひい爺ちゃんがどんな人か知らん。ただ、仮にひい爺ちゃんが偉大だから俺も同じく偉大だとか、逆にひい爺ちゃんがたいしたことないから、俺がたいしたことないと思われるのは心外だ」


 ジュニスもジュニスで、ビッグマウスが更に加速していく。


「俺は今はこんなだが、いずれはホヴァルトを統一し、この地域にも出て来たいと思っている。それが独りよがりの妄想か、現実味のあることなのか、俺にもはっきり分からない。だから10日ほどついてきて確認すれば良い。もちろん」


 ジュニスはニヤリと、挑発するように笑う。


「ビアニーに負けたからもう何もしたくない。この屋敷で死ぬまで猫のように安穏としたい、面白いことも大変なことも何もしたくない。あんたがそんな負け犬になり下がったのなら、仕方ないけどな」


「じ、ジュニス……」


 真面目に配下になってほしいのか、喧嘩を売りに来たのかどっちなんだ。


 セシエルは呆れてしまうが、ユーギットもまたニヤッと笑う。


「いいだろう。とりあえず10日間、おまえについていってみよう。しかし、10日で何を証明するというのだ?」



 ユーギットの疑問はもっともである。


 ネーベルは既にビアニーの支配下にあり、そのビアニーも表立って次の進攻を企てているわけでもない。というより、バーリスに派遣されたウォリスが滅茶苦茶なことをやっていそうで、ソアリス・フェルナータが戻ってこない限り次の計画も立てられそうにない。


 ジュニスはここでも慌てる素振りがない。


「まずは10年後にはホヴァルトの領土になっているだろう、ここネーベルのちょっとした問題を解決してもらいたい」


「10年後には、か……」


 ユーギットが苦笑した。


「俺は今朝、そこにいるセシエルと共にある船を摘発した」


「……?」


「そこには子供達が25人囚われていた。彼らが言うにはダタンという村にいて、何者かにさらわれて、そこに来たという」


「ちょ、ちょっと待って」


 ジュニスの話は急すぎる。セシエルは一旦制止してユーギットに問いかける。


「今、このバーリスにはビアニー国王の三弟であるウォリスが来ています」


「知っている」


「彼の配下らしき男に、クビオルク・カラバルという男がいるのですが、ご存じでしょうか?」


 セシエルの問いかけに、ユーギットの表情が歪む。


「もちろん知っている。南東部で密売、密入国、強盗などを日常的にやっている男だ」



 セシエルはまず安心した。


 ガフィンの行動の全てが間違いではないことがユーギットの言葉で証明されたからだ。


「ある人が言うには、そのクビオルクの船がバーリス港に停泊していたということで、私達が解放に向かいました。そこにいた子供達が元々住んでいたのがダタンという村なのです」


 説明をしながら、セシエルはどうしてジュニスが「10日でいいから俺に仕えろ」などと言い出したのか理解した。


 ユーギットも味方であるとは限らない。ひょっとしたら裏切るかもしれない。


 しかし、武人である彼が一度「10日間、ジュニスについて行こう」と言うのなら、その期間は嘘をつかないだろう。こういう話の後に嘘をつくほど人品が卑しいのなら、金の誘惑に負けてウォリスの下についているはずである。


(こいつは何も考えていないのか、実はものすごく考えているのか)


 セシエルはジュニスという人間の考えがますます読めなくなる。



 セシエルのそうした思惑を他所に、ユーギットは渋い顔をした。


「……聞いたことのある場所だ。レインホートとの国境近くにある樹海地域に近い村だな」




作者注:前話でユーディットとなっていましたが、スペル的にエディスとユーディットが同じだったのでユーギットに訂正しております。

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