第10話 元ネーベル国軍司令官

 早朝のバーリス港。


 セシエルは救い出した25人の子供達と30人ほどの衛兵を従え、途方に暮れていた。



 何がどうなっているのか、自分の周囲がまるで見えない。


 ここバーリスでの行動は基本的にガフィンに任せていた。信頼していたからだが、今、その信頼は断たれてしまった。


 とはいえ、ウォリスを信頼することもできない。バーリス港に子供をさらおうという船が停泊していたのはウォリスの悪意、千歩譲ったとしても無能によるものだ。


 現時点で味方と言えるのはジュニス・エレンセシリアとライナス・ニーネリンクの2人だが、この2人もバーリスやネーベルに詳しいわけではない。



 そして、何より、この件の陰に何があるのか。まるで分からないことだ。


 子供達が知っていた村の名前を、衛兵達に聞いてみたが知っている者は1人もいない。


 港であるから管理者もいる。ライナスがそこに向かって聞いてみたが、やはり知らないという。


「参ったなぁ……」


 せめて目的地が分かれば、そこに向かって動くことができるが、それもままならない。


「どこかで地図を見せてもらえばいいんじゃないか?」


 ジュニスが至極当然の提案をしてくる。


「それが出来るものなら、やるんだけどね」


 地図があるようなところは要人のいるところだ。ウォリスの息がかかっている可能性がある。迂闊に近づいて、人さらいに話が行ってしまっては元も子もない。


 とはいえ、のんびりすることはできない。


 港で船が一つ臨検したという情報はそのうちウォリス達のところに届くだろう。



「あぁ、つまりだ」


 ジュニスが長い紫の髪を大きくかきあげる。


「ここバーリスにいるビアニーの連中は、信用できないわけだな?」


「そうなるね」


「でも、バーリスには元々ネーベルの連中がいたんだろ? そいつらはウォリスなんかに従うことを面白くないと思っているんじゃないか?」


「……!」


 セシエルは思わず声を出しそうになった。


 その視点は完全に抜けていた。


 ビアニー軍がバーリスを支配したことで、ネーベル軍は解体されている。


 その多くはビアニー軍の下についているが、彼らの全てが完全に納得しているわけではないだろう。


 ここバーリスにいるビアニーの者より、ネーベルの者の方がアテになるかもしれない。



 セシエルは衛兵達に「子供達の住所を突き止めたいけれど、ビアニーの者には難しそうだ。元ネーベルの者で詳しいものはいないだろうか」と確認してみる。


 衛兵達は「誰だろう」とめいめい話をしているが、50を超えたと見える老年の衛兵が進み出た。


「ネーベル全体を知っているということなら、元軍司令官のユーギット・パメル将軍が詳しいのではないかと思いますが」


「元軍司令官か、今はどうなっているんだろう?」


「確か屋敷に謹慎していたと思いますが」


 そこまで話をしたところでジュニスが肩を叩く。「よし、そこに行こう」と言い、次いで衛兵達に向かう。


「夜通しご苦労だった。後のことは我々に任せて、自分の任務にあたってくれ」


 と宣言して全員を帰した。



 一方的に帰されたセシエルは面食らう。


 もちろん、信用できる存在とは言えないが、彼らがいないと子供達はどうやって守るのか。


「置いていくわけにはいかないからな。連れていくに決まっている」


「いや、それは目立つけど?」


 ぞろぞろと子供が歩いていれば目立つことこの上ない。


 下手をすれば自分達の方が人さらいではないかという疑いをかけられる。


「……そういえば、そうか。じゃあ、ライナスに守らせておこう」


「いや、ライナスはそんなに強いのか?」


「強くはないが、何かあればすぐに俺に合図を打てるようにはしてある。そうすれば、俺が駆けつけて解決すれば良い……」


「……分かったよ、任せるよ」


 エディスもそうであるが、魔力を転用して自己がとてつもない速さで動くことができることは分かっている。


 考えてみれば衛兵が裏切る可能性もある。ここはジュニスに任せるしかないのだろう。



 子供をライナスに任せると、2人は年配衛兵の地図を頼りにバーリス市街地を進み、ユーギット・パメルの屋敷を目指す。


 探すほどのものではない。何と言っても元国軍司令官である。屋敷は表通りの目立つ場所にあり、すぐに見つかった。


 近くに着くと様子を確認する。ひょっとしたら幽閉でもされているのではないかと思ったが、案に相違して誰もいない。


「……何だろう、中に罠でもありそうだな」


「そうか? 大丈夫だろう?」


 ジュニスはいかにも彼らしく、中に入って玄関の扉を叩いた。


「元国軍司令官がいるのだろう? 一つ聞きたいことがある」


 しばらく待つが反応がない。


 ジュニスはムッとした様子で更にドンドンと扉を叩いた。


「やめなよ、ジュニス……」


 セシエルが制止した、ちょうどその時、扉が開いた。


 中から右目付近に黒い大きなアザのようなものがある長身で痩身の男が顔を覗かせた。髪は薄いが、それほど老けているようではない。30歳前後くらいだろう。


「……使用人に暇を出して、今はこの広い屋敷に黒猫とその妻しかおらんのだ。そんなに派手に叩かんでも良いだろう」


 男が呆れたような顔で言う。ジュニスは「あぁ、1人か」と納得したようだ。


 セシエルが尋ねる。


「貴方がネーベル軍元国軍司令官・ユーギット・パメル?」


 男は頷いた。


「いかにも、私が”黒猫”ユーギット・パメルだ」


「黒猫?」


 言われてみれば、ユーギットの右目の黒いアザのようなものは黒猫のようにも見える。一瞬、殴られた跡か何かと思ったが、そういうものではないらしい。


「……知らずに尋ねてきたのか? てっきり仕官の要求か何かかと思ったが」



 そういえば、セシエルはウォリスが自分に対して金銭で主を変えるよう求められたことを思い出した。


 同じようなことをネーベルの有力な者にもしていて不思議はない。


 そして「仕官の要求」と言うからには、まだウォリスに仕えていないことを意味する。


「おっ、それいいな」


 ジュニスが反応した。


「国軍司令官と言っても今は何もしていないんだろ? だったら、ホヴァルトの軍司令官にでもならないか?」

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