第9話 セシエルの失敗・1

「何をやっているんだ!?」


 一瞬、事態を飲みかねたセシエルだが、すぐに制止に入る。


「誰が全員殺せなんて言った!?」


 言われた方は「えっ」と驚いている。


「いや、あの黒っぽいローブを着た人が……」


「ガフィンさんが!?」


 その場にいた全員が、「正直乗り気ではなかったけど、そうしないとダメだ的に言われたから」と困惑した顔をする。


 セシエルはガフィンを探したが、どこにもいない。


「……事情は分かったが、ガフィンさんは?」


 と尋ねると、衛兵達も「そういえば」と辺りを見渡して首を傾げる。


「おかしいですね。さっきまでいたはずなんですが……」


「……」


 衛兵達は更に困惑の色を深める。



 困惑するのはセシエルも同じだが……いつまでも困惑しているわけにはいかない。


「とりあえず治療をしてほしい。あと、ガフィンさんが戻ってきたら動かないように言ってもらえるかな?」


 セシエルはそう指示を出すと中に戻って、ジュニスを探した。


 すぐに向こうから現れた。船の細部を調べていたらしい。


「船内にいるのは、俺達が集めた連中だけだな」


「そうか……。ということは、船員は全員いなくなったわけか」


「いなくなったというのはどういうことだ?」


 ジュニスはまさか陸地に上がった者が全員殺されたとは思っていない。逃げた奴がいるだろ、という態度だ。


「それが……」


 仕方ないので、セシエルは陸地のことを説明する。


「そういえばあの黒いの、ずっと考え込んでいたよなぁ」


 ジュニスに言われるまでもなく、ガフィンが無口だったことには思い当っている。しかし、彼との行動はそれほど長いわけではない。そういう性格かもしれないと思っていた。


「ソアリス殿下の部下だった人だから、そんなに変なことはしないだろうと決め込んでいた。彼にも何かしらの事情があることを想定しておくべきだったのに、しなかった。失敗だな……」


 変人だということは聞いていたが、無茶をする人物だとは思っていなかった。


 自分の人の良さに痛感し、セシエルは落胆の溜息をつく。



 陸地に戻って、まずガフィンが戻ってきたか確認したが、戻っていないという。付近を探させたが、やはりいない。


 また、船に乗っていた最後の1人は死んだという報告を聞かされた。


「……すみません。奴隷商人だから殺して良いと言われたもので」


 と陸地に戻っていた衛兵達が謝罪している。


 おそらくはガフィンにそそのかされて義憤にかられてやってしまったのだろう。これについても「もし捕まえたら、生かしておくべきだ」と説明すべきだった。


「一体全体、あいつは何を企んでいたのかねぇ?」


 一方でジュニスは首を傾げている。


 それも気にはなるが、それ以外のことがセシエルの頭を煩わせている。


「……ひょっとすると、クビオルクなる者が野盗であることや奴隷の話からしてでっちあげだったのかもしれない」


 怪しいと思い始めるとキリがない。


 クビオルクの素性や奴隷船も嘘っぱちであり、多少怪しいが全く関係ないラルスの船を襲ってしまった可能性だってある。


 もしそうだとすると、それこそ死をもって贖わなければならないレベルの話となってくる。



「……いや、とりあえず、中にいた子供達がさらわれたことは間違いないと思うけど、な。どうなんだ、ライナス?」


 ジュニスは子供に色々聞いているライナスに声をかけた。


「はい。間違いないですね。この船に乗っていた連中に無理矢理馬車に押し込まれて、あの部屋の中に放り込まれたと言っています」


 ライナスの言葉で最悪の事態ではないことは明らかになった。セシエルはひとまず安どする。


「ただ、この子達、自分達の村の名前は分かるものの、それがどこにあるかは分からないようです」


「なるほど……」


 地図があるのはかなり大きな街である。地方にある小さな村の子供達に、自分達がネーベルのどのあたりに住んでいたかなど分かるはずがない。


「だけどさ、ちょっと変じゃないか?」


「何が?」


「こういう展開ってあいつは予想できていたのかね?」


 ジュニスのいわんとすることは理解できる。


 今回の作戦は、ジュニスが攪乱させ、セシエル達が中に入って助け、ガフィン達は外で待つというものだった。


 そうなったのは偶々である。ガフィンが指示したわけではない。


 仮にガフィンが船員を皆殺しにするつもりだったとすれば、あまりにも運任せである。


 ただ、これについては大きな問題ではなかったのだろうとセシエルは推測していた。


「おそらく、そうじゃないなら全員を一回捕縛してからどうにかするつもりだったのかもしれない」


 毒を盛る、あるいは命令があったと後から指示して殺す方法などはいくらでも思い当たる。


 偶々セシエルの立てた作戦が簡単にできるものだったということだろう。



「じゃあ、ひょっとすると、子供を帰したくなかったんですかね?」


 ライナスが一つの仮説を提案したが、ジュニスが突っ込む。


「子供を帰さないってどういうことだ? ガフィンがさらうつもりだったのか?」


「いや、そこまでは分かりませんが……」


 ライナスは戸惑うが、セシエルには思い当るふしがある。


「ガフィンさんはネーベル出身だと言っていた。錦を飾るみたいなことを言っていたが、逆に何か変なことをしていた可能性もある。彼らが近くの集落の出身で、知られたくなかったのかもしれない」


 子供の所在地が分かれば、当然そこに連れ帰ることになる。


 しかし、そうなると都合の悪い何かがガフィンにはあった。だから、場所を知る船員達を皆殺しにさせる必要があったのだろう。

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