第8話 奴隷船侵入

 次の日の早朝、陽が顔を表す前にセシエルとガフィン、更にはバーリスで集めてきた50人近い兵士達が船のそばで待ち伏せをしていた。


 セシエルが再三ともなる作戦の説明……それが作戦と呼べるものならば……を始める。


「陽が見えると同時にジュニスが船の中に入って暴れ出す。僕達は日の出から五分ほど数えて船に乗り込み、中にいる人質達を助けていく。ガフィンさんのグループは港の側に残って、助けられた人質を回収しつつ、騒ぎについての説明をする」


 船の設計図を渡して、侵入経路についても説明を加えた。


 兵士達がもっとも不思議そうなのは「敵を倒すのは1人で、人質を助けに出るのが20人以上、これで良いのか」というところである。


 それを真面目に話し出すと馬鹿馬鹿しいので、とにかくそういう前提で話をする。


「万一ジュニスがうまくいかない場合は、君達も戦うことになる。注意しておくように」


 そうして持ち場につく。



 深夜帯、確かに船の修理をしているようだ。あちこちに明かりが照らされていてカナヅチの音などが聞こえてくる。


 当然、明かりが多いために待機位置はやや遠くなる。


「大丈夫ですかね?」


 兵士達からは不安の声もあがるが、セシエルはその部分を気にすることはない。


「大丈夫だろう。これだけ作業をしているということは、終わった後には安心してしばらく休み時間を取るはずだ」


 彼らは自分達の船が狙われているかもしれない、と思っているかもしれない。ただ、それはあくまで可能性で絶対的な警戒をしているわけではない。大きな作業をして疲れているのだ、出発までの間はしっかり休みたいとだろう。


 その間は間違いなく侵入のチャンスである。



 夜が次第に明るんできた。


 バーリスは大陸の北端にあるため、東側はもちろん西側も海だ、すなわち水平線が広がっている。従って、太陽が昇ってくるタイミング、沈むタイミングを双方ともしっかりと視認できる。


 この頃には夜通し行っていた作業も終わったのだろう。静かになっている。


「ジュニスも寝ていたりしないかな……」


 何といってもアンバランスな配置だ。侵入役のジュニスが1人と、残り全員である。しかも、ジュニスは別のところで待機している。夜の闇の中、うっかり眠ったとしても不思議はない。エディスならその可能性は極めて高い。


「大丈夫ですよ。ジュニス様は暴れることが何より大好きですから」


 そうした不安に対してライナスは「この件については心配ありません」と断言した。


 確かにそうかもしれない。


 しかし、ジュニスはホヴァルトでは族長の息子らしい。「暴れることが何より大好き」というのは、人の上に立つ者としてどうなのだろうか。



 ともあれ、待つこと一時間。


 ボンという爆発音が三度鳴り響き、続いて何かが海に飛び込む音が連続して続いた。程なくして「敵襲だ!」、「いきなり部屋が燃え上がった!」という悲鳴が聞こえてくる。


 そこからセシエルはゆっくりと数えだす。


 たっぷりと三百を数え終わり、侵入のための梯子などを用意している部下達を向く。


「よし、行くぞ!」


 セシエルの号令とともに、兵士達が梯子を船にかける。


 その上に乗って、まずセシエルが続いてライナスが入っていく。


 船員達の姿はない。ジュニスがひきつけているのかどうかは分からないが、不気味なほどに1人もいない。


 船の構造に従って倉庫に進んでも誰もいない。


 船員のいる区画からは次々と悲鳴があがっていく。


(船の見張りを先に倒して、次には船員の寝室を襲撃したということなのだろうか?)


 爆発音が連続していたし、そこから大勢の者が海に飛び込んだような音がした。


 まずは見張りをうまく処理した。そのうえで船員が多く眠っている寝室の入り口を燃やして相手を慌てふためかせて、海に飛び込ませたと考えるのが妥当そうだ。


 逆に言うと、ジュニスはそういう配置をしっかり確認して、そのうえで一番最適な攻撃方法を考えていたことになる。


 それはかなり意外であった。そんな抜け目のなさはエディスには無さそうだ。



 セシエル達はほどなく倉庫にたどりついた。


 饐えたような臭いがする空間に入ると、奥に古びた樽が多く並んでいた。その横に猿轡をはめられた少年や少女達の姿がある。二十、いや三十名ほどだろうか。


「よし、出口までを確保して確実に全員を逃そう」


 思った以上に侵入が楽であったため、逃がす余裕は十分にありそうだ。


 兵士達が通路を確認し、そうしている間にセシエルとライナスが縄などをほどいて1人ずつ逃していく。


「陸地に泳ぎ着いた連中がいるかもしれないから、最後まで気を抜かないように」


 セシエルはそう指示を出して、陸地へと向かった。


 そこにはガフィンがいて、事態の収拾にあたってくれているはずだが、ジュニスの手はずが予想以上に良かったこともあり、多くの敵が陸地に逃げているかもしれないと不安になったのである。多ければ多いほど、ガフィンの手に負えなくなるかもしれない。



 それはセシエルの杞憂であった。


 しかし、陸地ではセシエルの予想外の事態が起きていた。


 ガフィン達の一行が泳ぎ着いた船員達のことごとくを殺害しており、今まさに最後の一人に激しい暴行を加えていたのである。

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