第4話 ユーノにて・1
馬車で移動すること10日。
ツィア達一行はトレディア公都ユーノへとたどりついた。
城門を前にして、シルフィが予想通りの質問を投げてきた。
「どうやって情報収集するの?」
「まずは正面から面会に行こうと思う」
「面会?」
「つまり、ビアニー王子がトレディア大公に会いに来たという形さ」
ビアニー王国はガイツリーンを攻撃していて、一部の国との関係が最悪になっている。
もちろん、最大の懸案であるのはレルーヴの関係であるが、万一レルーヴが敵に回った時のためにトレディアと関係を築いておくこともおかしなことではない。
「大丈夫かな? 怪しまれて捕まったりしない?」
「もちろん、大丈夫じゃない可能性もある。だからシルフィちゃんは引き続き姿を消してもらって、何か合ったなら即座に助けてもらいたい。エマーレイは護衛名目で連れていく」
「なるほど。了解」
シルフィの同意を得たところで、ツィアは奥にある香水を取り、マントや服、髪にすりつけた。
準備が終わると早速ユーノの城門で衛兵に挨拶をする。
「私はビアニー第四王子のソアリス・フェルナータだ。色々あってここユーノまでやってきたので、せっかくだから大公に挨拶をしたい」
当然、衛兵は「はぁ?」という顔になる。「本当にビアニー王子なのか?」と怪しんで質問してくるが、実際にそうなので回答には淀みがない。上役なども呼んできて質問を受けるが、矛盾がないので全員、困惑顔だ。
「一体、何のためにユーノに来たのです?」
「あまり知られた情報ではないかもしれないが、私の許婚は重病にあって各地で薬草を探している。既にステル・セルアやハルメリカも回ったが、これだというものが見つからなくて、ダメ元でユーノまでやってきた」
「なるほど……。ちょっとお待ちいただけますか」
相手の心証が「これは本物かもしれない」というものに変わったようだ。態度が大分へりくだったものになり、城門の中へと入っていく。
一時間ほどして戻ってきた時には、完全に下手に出る顔だ。
「大変失礼をいたしました。大公閣下がお会いになられますので、どうかおはいりください」
「ありがとう」
ツィアは馬車から降り、エマーレイをつれていく。「この大きいのは私の護衛だ。同行させていいかな?」と念を押しておくことも忘れない。そこから先、シルフィの姿は見えないが、ついてきてはいるだろう。
ユーノ市内の宮殿まで、案内とともに歩いていき、そのまま中に入る。
中央の大広間まで一直線だが、衛兵の数はかなり多い。暗殺その他を恐れているのだろうか。
大広間の椅子にはしょぼくれた老人が座っていた。もちろん、それがトレディア大公リッスィ・ハーヴィーンであると分かる。
(いくつだったかな、もう75くらいだったっけ。年齢を考えると元気だな)
と考えながら、ツィアは跪く。
「ビアニー第四王子ソアリス・フェルナータと申します。お久しぶりにございます」
「うむ。久しぶりだな、もう何年になるのか……」
リッスィは分かった風な顔をしているが、首を傾げているから恐らく覚えていないだろう。もちろん、それを批判するつもりもない。ツィア自身、来た記憶はあるが何を話したかなど覚えていないからだ。
「私が6歳の時に、現国王のエウリスとともにユーノに来ました。ですので、13年ぶりとなります」
「そうか。それほど経つとわしのような老人には記憶しきれない」
リッスィはそう言って笑って、話を続けてきた。
「……許婚の薬を探しているそうだな?」
「はい。残念ながら中々見つかりません」
「恋人の命が危ういというものは不安なものだろう」
「……そうですね」
予想外に食いついてきたな、ツィアはそう思った。薬のアテでもあるのだろうかと思ったが、病状も説明していないから分からないだろう。
「余の妻は15年前に亡くなった……それ以降、砂を噛むような生活が続いていたが、最近になってどうにかなるかもしれない道筋が見えてきた」
「そうなのですか?」
「うむ。仮に手遅れとなったとしても、諦めなければ良いことが起きるかもしれない」
「はぁ……ありがとうございます」
ツィアは戸惑った風を装って頭を下げるが、内心では別のことを考えている。
(なるほど。そっちの理由か……)
トレディア大公が魔道士を受け入れた理由については見えてきた。戦力云々というより、15年前に死んだ大公妃に関することのようだ。
ガフィンが目指す方向性に自身の妻をよみがえらせることがあることは既に知っている。そんな馬鹿な、と思っていたし、賛同者がいるとも思わなかったが、ここにいたらしい。
ただし、怪しまれるわけにはいかないので、まだ踏み込むことはない。
「薬以外にも、何かしら良い方法がございましたら、教えていただけますと有難いです。ただ、当面はここユーノの薬屋を回りたいと思います」
「うむ、もちろん良いぞ」
「ありがとうございます」
頭を下げながら、ツィアはどこから探索させるべきかを考えていた。
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