第5話 ユーノにて・2

 一時間後、ツィアは王宮の近くにある別荘に案内されていた。


「しばらくはこちらの別荘でおくつろぎください」


「ありがとう」


 衛兵に笑顔で答えて、ツィアは中へと入った。客間は天蓋付きの立派なベッドのあり、そこから絹のレースが吊られている。予想外に豪奢な部屋だ。


「これは凄いな」


 周囲を見渡している間、引き続きエマーレイが一緒についてくる。ツィアは彼が唯一理解できるフンデの方言を使い、小声で話しかける。


「……誰か話を盗み聞きしていないか、警戒してくれないか? 怪しいと思ったのなら、何でも良いから声を出して合図を送ってくれ」


「分かった」


 エマーレイは部屋の入り口へ向かい、次いで窓から外を眺める。



「……シルフィちゃん、いる?」


 ソファに座って小声で確認する。


「いるよ」


 誰もいなさそうな空間から、シルフィもまた小声で答えてきた。


「……色々探らなければいけないことができた」


「そうみたいだね」


 調べなければならないことは大きく三つある、とツィアは考えた。


 まず、トレディア大公リッスィが大公妃蘇生に望みを有しているとなると、色々な形で実験することを認めている可能性がある。実際、どの程度まで進んでいるのか。


 次にそれを指導しているのは誰か。先ほどの大公との会見にそれらしい人物はいなかった。しかし、大公の近くにいるだろう。計画を進めさせないようにしないといけない。


 最後に姿を消した大公子・サルキアの行方だ。


「まず探すべきはサルキアだろう」


「……生きているのかなぁ?」


 言うなり、シルフィが核心を突いてきた。



 ツィアはしばらく考えて、溜息をついた。


「ユーノに入る前に、城外のサルキア支持者のところに行ったよね。彼は挨拶に来たと言った。それが1か月半前だ。不在が長すぎる」


 フロールから聞き出した支持者のところに向かい、ここに来たという報告を受けた。


 ということは、父親に軟禁されているわけではなく、ユーノで姿を消したことになる。留守中スラーンを任されるのはフロールだ。並以上の人間であれば、彼に留守を任せるという事態は一日でも少なくしたいだろう。一か月半も留守にするなど考えられない。


「正直、見込みは薄いだろうね」


「だよねぇ」


「彼が無能なら生きている可能性もあるんだけどね。魔道に有能となると、大公サイドには秘密を暴かれる危険性がある。これは絶対に避けたい。殺すリスクより生かすリスクの方が大きい」


「その場合、サルキア大公子を探す必要があるのかな?」


 死んでいるのなら、探しても仕方がないのではないか。


 シルフィはそう考えているようだ。



「……ある。二つの理由から、サルキアが死んでいた場合でも、ユーノのどこかに保管されている可能性が高いと見ている」


 ユーノの内外には意外とサルキアを支持している人物が少なくない数存在している。まさか「サルキアを殺した」と言うわけにはいかない。彼らが一斉に反大公に回ってしまう可能性があるからだ。


 同時に、ツィアも確認したようにサルキアがユーノで彼らに会ったという事情がある以上、他勢力、例えばグラッフェが関与していたと言い逃れることもできない。


 そうなると追及を避けるためには「サルキア殿下は大公とお会いになられた後、突如として体調を崩し、ユーノ城内での介護も及ばず亡くなられた」と、不慮の形で急死したと主張する必要がある。信用されるか、されないかは別として、そういう体裁をとらなければならない。


 病死が無理でも最低限事故死を装わなければならない。


「で、おおっぴらに殺すわけにいかない以上、一番やりやすい方法は、今の俺がそうであるみたいに別の屋敷に案内して、食事に毒でも混ぜて毒殺する方法だろうね。これなら自然死に近いものも装えるし、サルキアが連れていた従者の問題もなくなる」


「なるほど……。さすがツィアさん、暗殺を考えるような悪人は考えることが違うね」


「まあね」


 嫌味で言われたことは百も承知だが、自分がやろうとしていることが非難されるべき筋合いのことも分かっている。だから、軽く受け流すだけで済ませた。


「だから、とりあえずお願いするよ」


「りょーかい」


 そこまで答えて、シルフィの気配は消えた。



「エマーレイ」


 部屋の外に出て警戒に出ているエマーレイを呼んだ。


 再びフンデの方言で話をする。


「半々くらいの可能性で、今晩、女が来る」


「ビアニー王子に女性を、ということか?」


「そうだ。それである程度主導権が見えてくるだろう。大公が主導しているなら、俺の許婚のことを考えてそんなことはしないはずだ。しかし、魔道士側が主導権を握っているなら、俺から情報を聞き出すことを考えて派遣してくる」


 エマーレイは渋い顔で頷いた。


「殿下の言うことは分かった。俺はどうすれば良い?」


「女が来たなら、引き続き廊下や庭を警戒してくれ。カウンターで相手のことを聞きだすつもりだ」


 ますます渋い顔になった。


「何だよ、俺が狙われているのに反撃したらダメなのか?」


「いや、そういうことではなく……」


 エマーレイは渋い表情で、シルフィが以前話していたことを口にした。


「殿下は実は男が好きで、女嫌いだから女に対して酷いことをするのではないか、と」



 ツィアは大きな溜息をついた。


「エマーレイ、俺はお世辞にも善人とは言えない。酷い人間だと言われても仕方ないし、まず間違いなく地獄に落ちることも理解している。だけど、そういう人間ではありえない、ということだけは理解してほしい」


 切々と訴えた。

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