第7話 散歩する2人
オルセナ南東部・コレイド族の中心地サンファネス。
エディスは二、三日ほど、この街を練り歩いていた。
当初の予想通り、この街はかなり奥行きが広い。人口も三万ほどはいるだろう。
食料がほとんど山の産物というのは気になるが、人々の生活を見ていてもほとんど支障があるように見えない。
そのエディスには、ツィア・フェレナーデが監視役のようについている。
と言っても、この周辺の出身ではないらしい。二か月ほど前に唐突にやってきて、周辺を散策していた挙句、アロエタで虐殺事件があったのでコレイド側で働いているということらしい。
ということは、ひょっとしたらこの人物こそ怪しいのではないか、と考えることもできなくはない。ただ、何とも爽やかな風貌と、誠実な人柄で信頼されているという。
エディスも特別疑ってはいない。理由がないし、彼は一々「フードを取れ」というような面倒なことを言わない。だから、彼のそばにいるのは楽だという認識はある。
「エルリザの出身だという話だが……」
三日目も朝からサンファネスの市街地を回っていると、ツィアもついてきた。
ふとエディスの身の上話に乗ってくる。
「エルリザというのは、他の大陸からの薬もやってくるのだろうか?」
「薬? どんな薬なの?」
何とかは風邪をひくことがないというが、エディスは物心がついてからこの方、寝込むようなマネはほとんどない。だから薬も口にしたことがない。
「いや、まぁ、説明はしにくいんだが……」
と言われると、エディスはそうでなくても薬の知識がないのだから探しようがない。
「どういう状況に効く薬が欲しいの?」
「それも自分がかかったわけではないので何とも説明しづらいのだが……」
「うーむ……」
それではエディスには分かりようがない。必然、一般論のような回答をするしかなくなる。
「ただ、他の大陸の薬を探すなら、エルリザよりハルメリカの方が良いと思うわ。ハルメリカには何でもあるし、売る人もものすごく多いから情報も簡単に伝わるしね」
「ハルメリカの市場に詳しいのか?」
「詳しくはないけど、ハルメリカにはしょっちゅう行っているから、大体どこで何が売っているかは分かるわよ。もし、ハルメリカに来たのなら案内してあげてもいいわ」
「そうか……」
ツィアはぼんやりとした返答をして、しばらく考えている。
エディスは反応を待つ。
二分ほど歩いて、ツィアは足を止めた。
「……エディス姫、先程すれ違った男のことを覚えてもらえないか?」
「先ほどすれ違った男?」
えっ、と思いながら尋ねた。
会話をしていて、周囲の状況をくまなく見ていたわけではない。
先ほどすれ違ったと言われても分かるはずがない。
「……30前後の白髪交じり、俺よりちょっと背の低い男だ」
「その人がどうしたの?」
「姫と同じような旅人の恰好をしている。しばらく前から見かけていたが、城壁付近だ。ここ二、三日は街の中心部で見かける」
「……?」
それが何なの?
と言いたくなるが、セシエルにしてもネミリーにしても、こう持って回った言い方をするときは、何かの根拠を示している時である。ここで「それが何なの?」と答えると、「おまえは何も分かっていないんだな」という反応を受けて面白くない。
とはいえ、何も分かっていないから、どうしようもないのであるが。
「初めての街に来た旅人は、今の姫のように案内を頼むか、あるいは中心部から探すか、だ。見慣れぬ街の外れから歩き回る奴は少ない。しかし、あいつはそうしている。それを数日やってから、中心部を歩いている」
「ふむふむ……」
やはり何も分からない。
「外縁部をうろついているということは、侵入経路を探している可能性が高い。そのうえで、中心部に近づいてきたということは、どうやって攻撃するかを考えている可能性が高い」
「……?」
「要は、あの男は怪しいというわけだ」
そこまで言われて、エディスは初めて振り返ったが、誰の姿も見えない。話のさなかに完全に通り過ぎてしまったようだ。
「怪しいと思うなら、もう少ししっかり警戒した方が良かったんじゃないの?」
エディスの問いかけにツィアは「それができればいいんだけど」と苦笑する。
「怪しいが、確証はない。俺が街の責任者ならゴーサインを出すが、ここサンファネスの責任者ではないからな。だから、まずは責任者の承諾を」
「だったら私が責任を取ればいいんでしょ?」
エディスの言葉に、ツィアが「えぇっ?」と目を丸くした。
「どう責任を取るんだ?」
「尻尾巻いて逃げる」
「……」
「怪しい人ということは、アロエタという街で数千人殺した人かもしれないってことでしょ? だったら、先手必勝で行くべきでしょ」
「……確かに先手必勝は兵法の常道ではあるが」
「だから今、追いましょ。案内して」
「間違っていたなら、サンファネス追放で済めばまだラッキー、下手したらコレイド中で追われる身になるぞ?」
怪しいと思って攻撃して、仮にサンファネスの者だったらどうなるのか。
謝罪して済むような話ではない。
「知らないところだから別にいいもん。ここで知っている人は、ツィアとこの場にいないシルフィちゃんだけだし」
完全に開き直った言葉に、ツィアは苦笑した。
「……追いかけよう」
踵を返して、道を逆に進み始めた。
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