第6話 出撃情報を携えて
オルセナ王子ブレイアンを含めた現在の首脳陣が許せない存在であることは分かった。
しかし、この場で3人を相手にすることはシルフィには不可能である。何らかの情報を引き出して、そこで待ち伏せなどをして仕掛けるしかない。
そうした情報を得るまでは、しばらく様子を見るしかない。
しかし、期待に反して、そこから一時間ほど、3人の話題はコレイドへの悪口に終始する。
どうやら周辺地域から、かなりの数の住民がコレイドやカチューハといった地域に流れているらしい。
もっとも、それで文句を言われるのはコレイドもカチューハも心外だろう。
オルセナ領内から住民が逃げるのは統治が酷すぎるからである。自分達の安全すらロクに保証しないのに税だけは色々取っていく。反抗的ならば軍を差し向けるとあっては、やる気のある人間は逃げない方が不思議だ。
(あたし達のいたフンデも酷かったけど、オルセナは間違いなくそれ以上に酷いわね)
更に2時間、シルフィは愚痴と文句に付き合わされる。
(仮にエディス姉ちゃんがいたなら、途中で我慢できずに「もうこれ以上待っていられないわ! ウガー!」とか叫びそうね)
その間の話題は主として、ブレイアンの王妃となるべき人物のことであった。
オルセナ王子であるブレイアンは、人格は別として、身分的には非常に高い。
彼の妻となる女性は、基本的にはレルーヴやトレディアといった大公家の女性か、あるいはオルセナ国内の公爵家から選定されることになるが、この両方がいない。
大公国の女性不足に関しては皮肉にも、オルセナの仇敵とも言えるビアニー国王の妃選定が難航していることにも共通しているし、オルセナ領内にもこれといった女性はいないらしい。
「少し格式を落として、伯爵家あたりなら何人か候補がおりますが……」
「それは受け入れられん。俺はオルセナ中興の祖となる国王だぞ。その王妃が伯爵家程度というのはありえない話だ」
シルフィは内心で「けっ」と舌打ちした。
(何がオルセナ中興の祖よ。こんな最低な中興の祖がいて溜まるか、ってんだ)
もちろん、シルフィの内心の声は誰にも聞こえない。
王妃の話題が引き続く。
「遠い国ですし、話はこれからとなりますが、ピレントのエイルジェ王女はいかがでしょうか? 格が落ちるとはいえ王女ですし、大陸三大美女にあげられるほどでございます」
「ふむ……。悪くはないな」
「残る2人のうち、シルヴィア・ファーロットは一度夫を持った身ですから論外でしょう。残る1人・エディス・ミアーノはもっとも美人という評判ですが、スイールの侯女という話です」
「それも論外だな。となると、ピレントのエイルジェか。確かビアニーに追われたのだったな」
「左様でございます。その点でも大いにありではないかと」
オルセナとビアニーは仇敵関係である。ビアニーに酷い目に遭わされたのであれば、オルセナにとっては親しみを持ちやすい存在だ。
(勝手に言ってろ、バーカ。まともな女性なら、こんな奴の求婚に応じるわけないよー、だ)
王妃の話題もなくなったので、再びコレイドの悪口が始まった。
(こいつらは悪口とか王妃云々とか、どうでもいいことしか話さないのか)
シルフィが呆れていると、扉がノックされた。「申し上げます」という言葉とともに伝令が入ってきた。
「アロエタのバイガー様から手紙が届いております」
「見せろ」
ブレイアンが尊大な様子で右手を差し出し、そこに伝令が恭しく手紙を渡した。それをおもむろに開いて、ザッと流し読みをする。
「……ほう、サンファネスに至る裏道を発見した。五千の兵を出せば、一網打尽に出来ましょう、とな?」
「五千……」
ブレイアンの言葉に、2人の腹心が渋い顔をした。どうやら出撃させる兵士数としては多すぎるということのようだ。
「それだけの人数を一か月以上も遠征させるだけの食料がありませんぞ」
「途中の集落から何とかならんか?」
「なりませんでしょうなぁ。バイガー達がごっそり持っていったと聞いております」
どうやら、アロエタを灰燼に帰した魔道士達一行が周辺集落から略奪してしまったため、ブレイアン達が続く場合に奪うものがもうなくなってしまったらしい。
「とはいえ、アロエタに続いてサンファネスも潰せばコレイドの連中は二度とオルセナに刃向かうことはすまい。奴もいつまでもオルセナにいるわけではないし……」
何とかならんか、ブレイアンはそういう顔で2人を見比べる。
より上の階級らしい年長の男が諦めたように言った。
「承知いたしました……。我々にとっても楽な負担ではありませんが、今回の件はオルセナの未来がかかっております。どうにかピスフェンの方で工面いたしましょう」
「うむ。恩に着る」
尊大なブレイアンが初めて頭を下げた。
どうやら、ブレイアンとその側近達も出撃するらしい。
(でも、五千の兵ならサンファネスで何とかなりそうなものだけど)
問題はアロエタを潰した魔道士達の存在だ。裏道を発見したということは、侵入の術を見出したのかもしれない。
内部から崩されて、更にセシリームからやってきた五千の兵に攻撃を食らうとなるとまずい。
(よし、これはきちんと知らせる必要があるわね)
伝えるべき情報を入手したので、シルフィは宮殿を出た。そのまま人目につかぬようセシリームの街も出て、そこから先は駆け足でコレイド方面へと向かった。
エディスのように跳んでいくわけにはいかないが、オルセナ側は食料の準備などで時間もかかる。彼らよりも十分に早く、戻れるはずだ。
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