第11話 ロキアスとハルメリカ

 11月1日、ハルメリカ。


 早朝、いつものように政庁に出向いてきたネミリーを副官のコロラ・アンダルテが迎えに来る。


 いつもの光景であるが、この日は一つだけ違うことがあった。コロラが右手に伝書鳩を抱えていたのである。


 ネミリーも気づいて、鳩の足にくくりつけられている手紙を取った。


 開いてみて、それがセシエルとエディスとともにアンフィエルに向かったパリナからの手紙だと知る。


「何々、『ロキアスがネーベル海軍と組んで、ハルメリカを襲撃するかもしれないという話がある』。なるほど……」


 ネミリーは平然としているが、コロラは顔をしかめた。


「本当だとすると、由々しき事態ではないでしょうか?」


「確かに由々しき事態だけど、多分本当だろうと思うわ」


 ネミリーはあっさりと手紙の内容を肯定する。


「ロキアスは私達兄妹にものすごく対抗意識燃やしているっていう話らしいわ。あいつがわざわざネーベルまで探しに行くとは思わないけど、反対側から傭兵としての売り込み話でもあったら、乗る可能性は普通にありそう」


 ネミリーはセローフにも様々な情報網を張っている。


 そのいずれからも伝わってくることは、レルーヴ大公トルファーノの息子ロキアスのハルメリカに対する異様なまでの対抗意識である。



 ロキアスは今年24歳でネリアムより2つ、ネミリーよりは8つ年上である。


 父とは似ても似つかぬ美男子として評判であり、その見た目もあるため国内外で評価が高い。もっとも、他ならぬ父トルファーノは息子を評価していないようで、レルーヴの行事をロキアスに任せるということがない。


 それがロキアスには不満のようだ。


 特に前年、ビアニー軍に共同してレルーヴ軍がバーキアに遠征した際、その指揮権を任されなかったことに恨みをもっているという。


 レルーヴ軍の総司令官は実績ある指揮官グラント・タイニアンである。これは年功という点でやむをえないが、その次の指揮権をネリアム・ルーティスが、三番目としてシェレーク・ルードベックが選ばれたことが我慢ならなかったらしい。


 この件、ネミリーは「どうでも良い遠征にネリアムを付き合わせるなんて」と荒れ狂った。だが、セローフでもロキアスがお呼びがかからなかったことに関して怒り狂っていたらしい。


 その後、大公がネリアムを「レルーヴ一の勇者」と称したことも気に入らないようで、これ以降、事あるごとにハルメリカの悪態をついているという情報が流れている。



「レルーヴ大公の息子が、レルーヴの都市を襲撃するとなれば大変なことですぞ」


 コロラの声には、驚きと警戒が七割、期待が三割ほど含まれている。


 一国の海軍の残党がハルメリカに押し寄せるとなれば、当然厄介な事態ではある。


 しかし、もし、黒幕としてロキアスがいるということを明るみにできれば、レルーヴ大公の権威は失墜する。最大のライバル・セローフの大公が失墜してくれるのなら、ハルメリカにとってこれ以上有難いことはない。


 ただし、ネミリーはそこまで楽観視はしていない。


「……ロキアスは馬鹿だとは思うけど、さすがにそこまで尻尾を掴ませてはくれないでしょ。本当にやるとして、レルーヴ国内では動かずネーベルで取り決めして、その後セローフには立ち寄らせずに攻め込んでくるんじゃないかしら?」


「となると、こちらは防衛費を計上しなければいけないだけとなりますな」


 コロラは面白くない、という顔をする。


 ネミリーも「まあね」と呆れたように両手を広げる。


「とはいえ、向こうも多額のお金を出費するでしょうし、尻尾を掴めなかったとしても大公はロキアスを疑うでしょう。それでとりあえず満足するしかないわね」


「防衛の準備はどうされますか?」


「いや、どうしますかって……」


 ネミリーは心底呆れたような顔になる。



「貴重な時間を全て武芸にあてているどうしようもない戦馬鹿がハルメリカにはいるでしょ。こういう時に使わなくてどうするわけ?」


「……ハハハ」


 自分の兄に対する辛辣過ぎる発言に、コロラは苦笑するしかない。


「そういう点でも私に対する嫌がらせとしては申し分ないわね。ネーベル海軍を撃破したとして、お兄様は『ほら、見ろ。やはり武芸をしっかりしておいた方が良いじゃないか』って堂々とするんでしょうし」


 そうなると、ネリアムは嬉々として武芸のみに専念するようになる。それが忌々しい。


「とはいえ、ネリアム様が武芸をなさらない場合、恐らくロキアスのようなどうしようもない存在になるのではないかと」


 コロラは主人に対してとんでもない言葉を口にしたが、ネミリーもそれを真正面から肯定する。


「忌々しいけどその通りでしょうね。お兄様ははっきり言ってどうしようもないけど、それでもロキアスよりはマシなのは間違いないわ。というより、もしロキアスより酷かったら、本気で押し込み、隠居、追放とか考えないといけないレベルになるし」


 物騒なことをしれっと言い放ち、ネミリーは手紙を閉じた。


「ま、現状では水面下で話だけが進んでいるだけでしょう。あと一、二か月くらいしたならば、もう一度セローフのロキアス周辺を探った方が良いわね」


「そうですな」


「この件はこれでお終いよ。他の仕事にかかりましょう」


 ネミリーはこの件は完全にわきに追いやって、その日の業務に取り掛かるのであった。

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