第12話 セローフにて・1
ガフィンの状況を調査したセシエルとエディスはアンフィエルを出発し、ハルメリカに戻る……
ことはなく、北のセローフへと立ち寄った。
もちろん、ロキアスとネーベルの交渉があったと分かる証拠などを掴めるとは思わない。ただ、ロキアスというのがどういう人物か見てみたいと思ったのである。
「とりあえずエディスはそれをかぶるように」
セローフに着いたところで、おなじみの目深のローブをエディスに渡す。
「またこれなの?」
エディスはうんざりとしているが。
「ハルメリカとの繋がりもあるでしょ? 目立つとまずいんだよ」
セシエルは当然という様子で説得し、エディスも不承不承応じる。
この処置、結果的には、彼らの意図と違う形で貢献することとなるのだが、もちろん2人はそのことに気づく由もない。
2人はセローフを歩くのは初めてである。
ハルメリカと並ぶレルーヴ西岸の大きな街ということは知っている。
ただ、いつもハルメリカにいるので同じくらいの街と言われているセローフにはわざわざ行かなくても良いのではないかと思っていたのであるが。
「ハルメリカとは全然違うわね」
レルーヴでは政治の中心地がセローフで、経済の中心地がハルメリカとも言われている。
その言葉通り、セローフには大きな裁判所、宗教施設などが目立つ。
また、ハルメリカは港から市場にかけて碁盤のように区画されているが、セローフはそうした細かい計画はなさそうだ。行きかう人々も、セローフは堅苦しそうな役人のように人物が多い。海千山千、色々な者がいるハルメリカとはかなり色合いが異なっていた。
「でも、どこに行けばロキアスの話が聞けるのかしら?」
エディスの質問。
セシエルもはっきりとした答えはできない。
しかし、事前の調査で、ロキアスがセローフの宗教部門に所属していることは分かっている。その経緯も一部は分かる。どうも父親のトルファーノはこの一人息子を色々持て余しているようで、具体的な裁判や決裁権限を与えたくないらしい。
だから、宗教部門に据えたらしい。
宗教部門ともなると、具体的な権限は司教資格を有していないと与えられない。ロキアスにはその資格がないため、あくまで参考意見しか言えないようだ。
「結構、お父さんに嫌われているのね」
「……いや、あの2人から聞いた噂だから、どこまで事実かは分からないよ」
2人というのは船に乗っているハルメリカの幹部エルブルスとパリナのことである。この2人からセローフのことについて色々聞いたのであるが、「トルファーノ大公は大蛇の異名をとるが、実際に毎晩蛇の酒を飲んでいるらしい」という本当なのか嘘なのか分からないことも多々あった。
2人は船から降りてこない。ハルメリカの幹部である自分達がやってきていると分かれば、色々とややこしいことになるだろう、からだ。
だから、船の責任者の立場はセシエルが引き受け、そのまま街を探索している。
2人はそのままセローフの中心地にある大きな教会に入った。
規模は大きいが、とりたてて特徴のある教会ではない。不信心なエディスは珍しいのか色々と感心しているが、セシエルにとってはよく見るものである。
そうこうしているうちに、セシエルは告解の間を見つけた。
「エディス、告解できる場所があるよ」
「告解?」
「今までやってきた悪いことを白状して、許しを請うところだよ。ちょうどいいから、色々と罪を認めてこれば?」
ハルメリカでやれば、ネミリーの耳に届く。エルリザでやれば関係各所に届く。
しかし、半ば敵地であるセローフならば問題ないだろう。
「罪なんてないわよ! 私が悪いわけじゃないし! あ、すみません」
文句を言ったエディスの横を、「失礼」と大柄の男が通った。鎧を身にまとっていることから、おそらくは兵士だろう。
兵士はそのまま告解の部屋へと入っていく。
「……あんな大きな人でも、罪があるのね」
「大きいからあるのかもしれないけどね。聞き耳を立てるのも失礼だし、行こうか」
と、その場を離れようとしたが、男の声は思いのほか大きく、すぐに勝手に聞こえてきた。
「私はこれから罪を犯すことになります。私は大公とロキアス閣下のためにオルセナまで赴き、ある山岳民族の一族を皆殺しにしなければなりません」
セシエルとエディスは顔を見合わせた。
「何だか物騒な話ね……。戦争かしら?」
「戦争ではないと思うけど」
レルーヴがオルセナに対して強い影響力を及ぼすことは誰もが、いやエディスを除いて誰もが知っている。
「恐らくはレルーヴに反抗的な面々がいるから、見せしめとして殺すということなんじゃないかな?」
セシエルは声を落として言うが、中の声は全く小さくならない。
「すなわち生き延びている噂のあるオルセナ王女について知っている者を皆殺しにせよ、ということです」
「……」
2人はまた顔を見合わせる。
「どういうことなの?」
エディスが再度問いかけてくる。
「僕もさっぱり」
オルセナ王女と言われても何のことか分からない。
「ただ、生き延びている噂があるオルセナ王女がいるらしいね」
「それは私だって分かるわよ。知りたいのはその先よ。セシエルは頼りにならないわね」
「それはあんまりじゃないかい?」
とはいえ、オルセナについては国自体に歴史があること、現在はレルーヴの子分みたいな立場であること以外は全く知らない。
「オルセナ王女が生きていると都合が悪いみたいだけど、どうしてそうなるのかはよく分からないなぁ。ネミリーなら知っているかもしれないけど」
中から司教の戒めるような声がした。
「そのような大声だと、周囲に聞こえるかもしれませんよ」
「おっと、失礼」
そこからは聞こえなくなった。
セシエルとエディスはもう一度顔を見合わせた。
「どうする?」
「行こうか」
分からない話をこれ以上聞いていても仕方ないし、この場にいつづけると盗み聞きしていたと思われるかもしれない。
君子危うきに近寄らず。早めに離れた方が良さそうだ。
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