第8話 フリューリンク解放戦・6

 フリューリンク城内のステレア軍が城外に出ることを決意するまでは、アルフィムとジュニスにとって耐える時間だ。


 しばらくの間戸惑っていたビアニー軍も次第に状況を把握してきたようで、軍を広く散開させはじめる。


 幅広い領域に散らばられると、大きな魔道で一息にとは行きにくい。もちろん、ジュニスは小刻みに小型の火球を打って消耗を避けようとしているが、相手はそれ以上に散開している。


「ジュニス、もしかして後ろを狙っているんじゃ……」


 その意図はどうも自分達ではないらしい、アルフィムはそう思った。


「恐らくそうだろうが、俺達が慌てて動いてもどうにもならない」


「そ、それはそうだけど……」


 散開しているのは、相手を油断させるためもあったが、集中攻撃を防ぐためでもある。多大な魔力があるとはいえ全方向から絶え間ない攻撃を受け続けると苦しいからだ。


 しかし、魔力がない後方部隊が狙われると、魔法で防ぐこともできない。より厳しい展開が待っていることになる。


 だから何とかしたいが、ジュニスは振り向くな、と言う。


 それが正しいことは分かっているが、それでも気にせざるを得ない。



「こちらの数が少ないせいか、思った以上に相手が下がってくれないな」


 ジュニスが舌打ちしながら言った。その言う通りである。


 司令官らしい2人を最初に仕留めた。


 そこから一方的に攻め立てる展開が続いているが、ビアニー軍は川の北に戻ることはない。この程度の数を相手に下がることは恥と考えているのか、あるいは指揮官がいなくなったことで冷静な判断力を失ったのか。


 分からないが、後ずさりはできない。前に進むしかない。



 外に広がる部隊が後方部隊を攻撃範囲に捉えられる状況になったようだ。


「うわぁ」という悲鳴が後方から響いた。


 思わず振り返ろうとするアルフィムを、ジュニスが「見るな!」と叫ぶ。


「何度も言わせるな。進むしかないんだ」


「う、うん……」


 アルフィムは唇を噛んで城の方を向いた。


 既に一時間以上は経過しているはずだ。どうして出てこないのか。


 アルフィムの険しい視線は、一転して大きく見開かれる。


「ジュニス、あれ!」


 自分の方に飛んでくる矢を再度突風で跳ね返してアルフィムが叫ぶ。


 南側の城門が開いて、大きな「氷に跳ね返る三方向の光」の旗を抱えた軍が外に出てくる。一か月前まではステレアの位置も正確に知らなかった彼女であるが、ここで戦うことになると分かって以降は色々勉強している。出てきた旗がステレア精鋭の近衛騎士団の旗であることもよく理解していた。


「やっと出てきたな……」


 ジュニスの声にアルフィムは安堵の笑みを浮かべるが、その嬉しさがまだ早いことを次の一言で知らされる。


「あいつらが戦場に着くまで20分くらいは耐えないといけないな」


「まだ20分……」


 アルフィムはうんざりとした声を出す。


 自分とジュニスはまだまだ余裕である。20分どころか半日くらい大丈夫そうだ。


 しかし、広く散開された部隊ら狙われる後方は危険水域にある。その後方で攪乱させる作戦をとっているルビアとシルフィの行動に戸惑った時間もあったが、しばらくするとまた攻撃を再開する。


 そこまでカバーできるだけの力はないし、自分とジュニスだけ勝ち残れば良しと考えるほど都合良くもない。


「あぁ、もう! こっちに来なさいよ!」


「……まあ、相手は俺達と違って色々考えているわけだし」


 ジュニスの冷静な指摘も頭に来る。


(戦場ってこんなに広いんだ……)


 今まで、自分が何とかしてきたのは狭い空間である。イサリアもそうだったし、オルセナのサンファネスでも相手は数人であった。ハルメリカでの戦いにしても、どうにか届く場所であった。


 ここは違う。味方同士が遠すぎるし、劣勢の味方が多い。それを助けることはできないでもないが、一度やれば二度目を行う余裕はない。


 万単位が集う戦場はけた外れに広い。勢いだけで進んでもどうにもならない。


(私、何であんなに余裕過ぎたんだろ……)


 アルフィムは数日前の楽観的に過ぎる自分に怒りを覚えた。



 もちろん、それでどうにかなるわけではない。


「いい加減に逃げなさいよぉ!」


 怒声交じりに突風を矢だけでなく敵兵にも向ける。


 大きく吹き飛ばしたが、別方向から矢が飛んで後方から悲鳴があがった。


 心の痛さをジュニスの別の声が遮る。


「よし、これで勝てるな」


 その声に再度城の方を向いた。


 前方の方にいる騎士団はもっとも東側にいるビアニー軍に攻撃を開始している。


 更にその後方、城門からは「三つの星の光」を象った旗を翻す軍が出てきた。


 一番待ちに待った旗、ステレア軍総司令官ファビウス・リエンベアの旗である。


 それはステレア軍が勝機を確信し、フリューリンク近辺からビアニー軍を追い出す決意を決めた証でもあった。

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