第9話 フリューリンク解放戦・7

 フリューリンクの北側。


 そこにはピレント軍8000が布陣していた。


 この軍を任されているのは、以前はピレント軍で四天王と呼ばれていたうちの2人、リプロ・アークティスとレミーク・トルニャである。


 彼らの目にも当然、南側の状況は伝わっていたが……



「100人にも満たない部隊がビアニー軍を襲撃している?」


 という報告を聞いて、2人とも絶句してしまった。


「いや、それは……どうすれば良いのか?」


 一つ年上のリプロが浅黒い顔をレミークに向ける。レミークも端正な顔を渋くゆがめている。


 1万人の敵が襲撃しているのなら当然、連携して事に当たるべきなのだろう。


 しかし、相手が100人にも満たないとなると、下手に助けると「俺達を馬鹿にしているのか」とビアニー軍が怒るかもしれない。少なくとも、ビアニー側から要請があるまでは待機しているべきだろう。


 そもそも、相手がそんな少ない人数で攻撃をすること自体が信じられない。何らかの第二波があるのだろうと思い、慎重に城の様子を伺う。



 当初は呑気に構えていたが、しばらくすると状況が変わる。


「相手の魔道でマーカス・フィアネンとファルシュ・ケーネヒスが戦死した」という報告が入ってきたからだ。


「魔道……」


 もちろん、そうしたものが存在していることは知っているし、ピレントにも魔道士と名のつく者は存在している。


 しかし、単騎突撃でいきなり相手指揮官を倒すようなとんでもない魔道士は存在しない。


「余程凄い術者なのか?」


 今度は相手を警戒するあまり、二の足を踏むようになった。


 ピレント軍は自他ともに、自分達がビアニー軍より下と認識している。ビアニー軍の邪魔をするといけないという思いがどうしても先に立つ。


 リプロとレミークは降伏交渉にあたったので、より控え目となる。



 また、ステレア軍とビアニー軍の間にはマルブスト川で隔てられている。これを超えてしまえば、北側が無警戒になる。


 籠城しているステレア軍が出て来る可能性は低いが、そうなった場合に川の中で背中から攻撃を受けることになりかねない。


 手をこまねいているうちに、フリューリンクの南側の城門が開いた。


 ステレア軍の登場に、さしものビアニー軍も戦意を失ったようだ。


「これは助けなければいけないな」


 その時点でようやくリプロは判断する。



 西側の広い湖を渡るような船はない。


 となると、城の東から川を渡るしかない。ピレント軍はその迎え入れの準備をする。


 半年あまりの攻囲戦の間に、ビアニーの工兵隊が簡易な橋を渡せるような仕組みは作ってある。逃げているビアニー軍にそうした橋を組み立てる余裕はないから、ピレント軍が橋をかける。仕組みがあるから設置も早い。200人の兵士がものの20分程度で2キロの幅はある橋をかけていく。


 そこを渡って、ビアニー軍の部隊が一つ、また一つと川の北側へと移動していく。


戦況図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093088405792090


 その表情が印象的だ。敗走しているから必死の形相をしていそうなものであるが、全員、「どうしてだろう?」という煙に巻かれたような顔をしている。


 事実、ようやく安全なところに逃げてきた兵士達が発する言葉は「あいつらは一体何者なのだろう?」とか「どうして矢や投げ槍が通用しないのか?」や「一体どうすれば良かったのか?」という疑問ばかりである。


 必死でもない。といって、負けて悔しいとか怒りがあるわけでもない。


 ただ、いきなり起こった事象が何なのか分かっていないという様子だった。



 北の門は全く動く気配がない。


 南側の城門から出て来たステレア軍も、川の北側に渡ってまでビアニー軍を叩こうという意図もないようだ。しばらくの間、川を挟んで睨み合う形で対峙する。


 ビアニー軍の兵士達がリプロに視線を向けてくる。


 軍としてはビアニーの方が格上ではあるが、ビアニー軍の上級指揮官はこの場にいないし、現地にいる中級指揮官は2人とも死んでしまっている。


 現状、この場で意思決定を下せるのはリプロかレミーク、年齢的にはリプロということになる。



 謎の援軍の脅威はあるにしても、ジオリスやシェーン、ティレーなどを呼び戻してくれば十分戦いうるとは思った。


 しかし、彼らを連れてくると今度はステレア北部側で不穏な動きが起こるかもしれない。


「指揮官の仇を討ちたいか、一度出直すか、どちらがいい?」


 リプロは決断をせずに、ビアニー兵に問いかけた。


 疑問を抱いているビアニー軍の大半の者は「これ以上は戦いたくない」という様子である。


「分かった。ならば、一度北部に撤退しよう」


 リプロはそう言って、ビアニー軍を先遣させて北へと向かわせた。


 同僚のレミークに話しかける。


「ビアニー軍が撤退した後、俺達も下がろう。物資を忘れずに、な」


 長期の攻囲戦を想定していたので、糧食や武器、服の代わりなどを保管している。それらを持ち帰ることは今後を考えると重要だ。


「そうだな。ただ……」


 レミークは南側に視線を向けた。南側に滞在していたビアニー軍も当然物資を抱えていた。


 それらを持って逃げる余裕はない。全てステレア軍に接収されてしまうだろう。


「仕方がないだろう」


 攻囲戦のために用意していたので、撤退する期間の物資は大丈夫なはずだ。


 ただ、ステレア軍にそれらを取られてしまうのは痛恨である。



 戦いは三時間ほどで終結した。


 被害はビアニー軍が中級指揮官二名を含む四百人ほど、ステレア側は援軍にかけつけたホヴァルトの兵士達が三名である。


 非常に被害の小さなこの戦いは、しかし、ガイツリーンの戦役を大きく揺り動かす戦いとなった。

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