第10話 ステレア女王の反応

 ステレア軍総司令官ファビウス・リエンベアが先遣隊から報告を受けたのは、午後二時頃であった。


「城門にいる者達がそこまで言うのなら」


 ステレア軍の中には波風は立っていない。全軍とも籠城路線堅固という方針であり、「撃って出たい」というような反対派はいないという認識だった。


 そのうえで、「少数の援軍が来ていて城の外に迎撃しなければならない」と判断したのならば、現場の判断を優先すべきだ。



 とはいえ、現場だけに任せて総司令官が出ないわけにもいかない。


 きちんとトップとして状況を見極めたうえで、女王リルシア・アルトリープに報告する義務がある。


 だから、彼は少し遅れつつも部隊を率いて南門から出た。



「これは……凄いな」


 既に戦闘自体は終わっていた。


 ビアニー軍はマルブスト川の北側に敗走していた。


 それは分かるのだが驚くべきはその場に死体がほとんど転がっていないことである。


 戦場であれば、敵・味方の死体や負傷者が大勢倒れているはずであるが、ところどころに散見されるだけだ。


 置きざりになった物資や、一部音を立てて燃えている炎の残滓などに、戦闘があったことが伺われるがこれほど綺麗な戦場を見たことがない。ガイツリーン戦役以前の、山賊討伐といった小規模な戦いがほとんどの状況でありながら、である。


 ファビウスが出て来たため、いち早く南門を出ていたレナ・シーリッドが戻ってきた。


「本当に、ビアニー軍は撤退したのだな?」


「はい。ほぼ全軍が可動橋を使って逃走していたので、手を出すことはできませんでした」


 敗走しているとはいえ、相手に被害はほとんどない。


 ステレア軍が攻撃すれば手痛い反撃を食らった可能性もある。この判断はファビウスも異論がない。


「それで良い。で……」


 北側を見ると、悠々とした動きで引き上げている。


「……追撃はできないな」


「そう思います」


「良い。とにかく、ビアニー軍をフリューリンクから追い払い、軍需物資も手に入れたのだ。我々の勝利と言って良いだろう」



 戦争の勝利を確信したところで、援軍について意識が向かう。


 少数の援軍はどこにいるのかと探したら、西の方に穴を掘っている一団がいた。


「……戦死者が三名も出てしまったので、ここで葬りたいということで、了承しました」


「三名も……って、一体何人いたのかね?」


「55人と……」


「一体何者なのだ?」


 レナがすぐに遠眼鏡を渡してくれた。それで確認すると、気落ちしたような黒い長髪の少女がおり、銀髪の青年と紫の長髪の青年が何か話している。


「あれは……確かホヴァルトの?」


 紫の長髪の青年には見覚えがあった。


 半年ほど前に、ふらっと現れて、「自分はホヴァルト国王だ」と名乗っていた男である。怪しいことこの上なかったが、ホヴァルト国王なんて名乗る者自体が想像できないので女王も周辺もその立場を認めて話をしていた。


 その後、来た時と同じようにふらっと去っていて、「結局誰だったのだ?」という話になっていたが。


「本物だったのか……?」


「ホヴァルト国王であるかどうかは分かりませんが、とんでもない魔道士であることは間違いありません」


「そうか……。レナ、とりあえず彼らを城内に迎え入れてくれ」


「閣下は?」


「私は女王陛下にこのことをお伝えしてくる」


「分かりました」


 話をまとめて、ファビウスは王宮へと向かう。


 途中、考えることは、果たしてどう、このことを女王に説明すれば良いものか、ということだった。



 フリューリンクの中央、小高いところにあるプロレタ宮殿に馬を走らせ、ファビウスは中に入った。


 宮殿の中にも城外の異変は伝わっているようだ。群臣が口々に「何が起きたのか?」、「ビアニー軍が攻撃されていたようだが?」と問いかけてくる。


「お静かに。まず陛下に話し、その後に皆様にも話しますゆえ」


 ファビウスはやれやれという顔をし、口ひげを軽く指でさする。


 群臣を静かにさせた後、奥に向かった。


 そこに老齢の宰相グランドリー・ストーニャの姿もある。


「どうだった?」


 女王に話をしてから皆さんに話をすると言ったファビウスであるが、さすがにこの宰相には隠すことがない。


「……ビアニー軍が去りました」


「真か?」


「はい。私も実際にこの目で見たわけではないので信じられないのですが。とにかく報告を」


 ファビウスの言葉にグランドリーも「うむ」と頷いた。扉の前で「ファビウスです」と声をかけると「どうぞ」と淡々とした声が返ってきた。


 中に入ったファビウスは、平凡な容姿ながら利発そうなリルシアに対して跪いた。


「申し上げます。本日昼、先だってフリューリンクにも来ておりましたホヴァルト国王ジュニス率いる少数の部隊がビアニー軍に奇襲をしかけました。これにレナが応じたことで、ビアニー軍は撤退。北へと撤退いたしました」


「……」


 リルシアは能面のような表情を崩さないが、さすがに驚きで目を見開いている。喜ぶよりもまず疑いが来ているようだ。


「……もしや謀略ということはないのでしょうか?」


 女王の質問はある意味もっともではある。


 ビアニー軍は撤退したが、被害はほとんどないように見えた。実際には指揮官2人が戦死しているのであるが、それを直に確認したものはステレア軍の中にはいない。


 ジュニスとビアニー軍が打ち合わせて、撤退したように見せかけたという可能性もありうる。


 感謝の気持ちでジュニス達を城内に迎え入れたら、彼らが城門を開放してビアニー軍を呼び寄せるという算段だ。


 しかし、ファビウスは首を横に振った。


「可能性はゼロではありませんが、私はまずありえないと考えます。といいますのも、ホヴァルト国王ジュニスともう1人ものすごい使い手がいるようです。正直、それだけの2人がいるのならフリューリンクに侵入する方法は他にもございます」


「……分かりました。それならば、解放された街の責任者として礼を申す必要がありますね」


 リルシアは頷いて、グランドリーに歓待の準備をするように指示を出した。

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