2.戦いを終え……

第1話 パーティー前の暗雲

 3時間後、フリューリンク城内、プロレタ宮殿。


 入り口近くの壁の天井をこそこそと動き回る陰があった。


 フードをかぶったあからさまに怪しいその人物は数時間前の戦いの殊勲者の1人アルフィム・ステアリートである。


 下にいる衛兵は天井に誰かが潜んでいることには気づかない。そもそも城内から外にコソコソと出ていく者自体を想定していないだろう。視線を向けようという意識もなさそうだ。


 他の宮殿同様、高い天井であることも幸いし、そのまま外にある通風孔から外に抜けようとした時。


「お姉ちゃん」


「うわわわ!」


 突然、声をかけられてびっくりしたアルフィムは集中を切らしたのか、そのまま地面に落下した。


 音を受けて、衛兵が振り返るが、姿を現したシルフィが慌ててアルフィムのそばに駆け寄って誤魔化す。


「大丈夫でーす。ちょっとした余興ですので」


「は、はぁ……」


 衛兵は首を傾げながら、入口の方向に視線を向けた。



 近くの部屋に移動したアルフィムは落下した痛みで背中をさすっている。


「何やっていたのよ、お姉ちゃん……」


 問いただすシルフィだが、大方動機は読めているようだ。


「もしかして、パーティーが面倒だから抜け出そうとしていたわけ?」


 これから二時間後にパーティーが開催される。


 完全な保証はないが、ひとまずフリューリンクは解放された。その祝いとしてのパーティーだ。


 当然、その主役はホヴァルト国王ジュニス・エレンセシリアと身元は明かせないものの大陸一の美少女と言っても良いアルフィム・ステアリートになるはずだ。


 しかし、何やら参加したくなさそうな顔をしていた。


 シルフィはアルフィムことエディス・ミアーノがかなりの問題児であり、直感に素直に従う生物であることを知っている。逃げ出すのではないかと思って、何となく見張っていたら、案の定だ。


 本人は言い訳をしている。


「……そうじゃないのよ。もしかしたら、ビアニーが夜陰に紛れて攻めてくるかもしれないでしょ。その監視よ」


「それは衛兵に任せればいいじゃん?」


 シルフィは当たり前すぎる答えをする。


 2人はしばらく無言のまま見つめ合う。



「アイタタタ!」


 一転してアルフィムは突然お腹を押さえてうずくまった。


「えっ、どうしたの?」


「もうダメ、胃潰瘍で胃が破裂寸前だわ。パーティーに出たら死ぬ……。シルフィちゃん、私の遺言と思って聞いてちょうだい……」


「……ダメだ、ダメすぎる……」


 シルフィは呆れ切った顔である。本人は意識していないが完全に視線は見下している。


「はぁ……、分かったよ」


 意地でも出たくないらしい、ということを理解し、シルフィは説得を諦めた。



 一時間半が経過し、大広間にはステレアの中枢メンバーが集まる。


 日頃は地味な服を着ている女王リルシア・アルトリープも、さすがに国をあげてのパーティーなのでそれなりの衣装を着ている。


 そこにシルフィが現れた。


「あの、ステレア女王陛下、申し訳ありません。ウチのリーダーは発熱に腹痛を起こしてパーティーには参加できなくなりました」


「えっ、大丈夫なの!?」


 リルシアは単純に驚いている。裏表なく、単純に心配しているようだ。


「大丈夫です。パーティーが楽しみ過ぎて発熱と腹痛を起こす幼児的な感じのものですので」


「そ、そうなの……。アルフィム・ステアリートは凄い美女だと聞いたから、楽しみにしていたんだけど。あ、楽しみといっても、普通の好奇心よ」


「申し訳ありません。よく言って聞かせておきます」


 シルフィがへこへこと頭を下げたところに、別の方向から笑い声が聞こえる。


「アハハ、どうせあたしがいると知って、怖気づいたんでしょ?」


 そう言って笑うのはけばけばしいまでに着飾った元ピレント第一王女エイルジェ・ピレンティである。


 シルフィはエイルジェのことは名前だけしか知らないが、その態度を見てあらかた察したらしい。


 相手にするだけ無駄そうだ。何も言わずにリルシアに再度頭を下げて、大広間を出る。


 入り口付近でちょうどルビアと遭遇した。


 ホヴァルト王妃ということで、それなりに着飾ってはいるが、ルビアもリルシア同様にそれほど見映えがよいタイプではない。


(うーん、この中にお姉ちゃんがいると1人だけ目立って反感買ったかもなぁ)


 本人が辞退した動機は幼児じみたものだが、参加しないことはあるいは賢明だったのかもしれない。



「貴方のボスは?」


 ルビアがアルフィムのことを尋ねた。


「何だか体調が悪いみたいで出ないみたいです」


「あら、そうなんだ。そうなると場が大分寂しくなりそうね。みんな期待していたはずなのに」


「いや、まあ、あそこに面倒そうな人もいますしね」


 小声でエイルジェの方に視線を向ける。


 ルビアが言葉を受けて視線を向けた。「なるほど」と納得したように頷いた。


「確かに知能のない相手に話をしても仕方ないものね」


「……」


 何やらどす黒いものが渦巻いているように思えてきた。


 そもそも、リルシアもこの場ではともかく、かなりの策略家として知られる人物だ。


 ひょっとしたら、このパーティーは思った以上にとんでもないところなのかもしれない。


 自分も逃げれば良かった。


 シルフィはそう思ったが、時すでに遅しである。

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