第7話 フリューリンク解放戦・5

 フリューリンク城内でも、もちろん異変には気づいていた。


 城壁の上にいるステレアの兵士達もビアニー軍と同様に長期戦と決めてかかっている部分がある。


 そのため、見張りも全力で行っているわけではないが、何せジュニスの初撃は炎の鳥が飛び掛かるという派手なものである。轟音と炎が広がる音、嫌でも気づく。


「何だ、何が起きたんだ!?」


 驚く間もなく、城の南側のビアニー軍が動揺している様子が見えてきた。


「し、司令官か将軍を呼べ!」



 ステレア王国の総司令官はファビウス・リエンベアであるが、彼は業務が多忙であるので常に城壁のそばにいるわけではない。


 この日も彼は王宮の方に出仕している。王宮から城壁までは馬を飛ばしても20分はかかる。


 近くにいるのは女将軍のレナ・シーリッドだった。騎士団長の娘で、男子がいないという理由で後継者となっている28歳だ。体力はともかくとして冷静な観察眼は軍司令官のファビウスからも高い評価を得ている。


 城壁そばの詰め所にいた彼女はすぐに城壁へと昇ってくるが、その途中まで半信半疑だ。


「城外のビアニー軍に攻撃!? 誰が?」


 2万近くいるビアニー軍を攻撃できる勢力がいるとは思わない。


 ベルティが平穏であればありうる話だが、現在は王位を巡って王子達が争っている。とてもステレアに軍を派遣する余裕はないだろう。


 ただし、城外で聞こえた轟音はレナの耳にも届いている。城外で何かが起こったということは間違いがなく、確認するしかない。



 城壁の上に立ったレナの視界に、ビアニー軍が戸惑うように動く様とそれとは比較にならない小さな部隊が動いている様子が見える。


「えっ、何? どういうこと? あの部隊がビアニー軍と交戦しているの?」


 改めて見ると、部隊の2キロほど前方に馬に乗って移動している二人組が見える。


「合計100人もいない部隊が、ビアニーと戦っているわけ!?」


「そのようです。ものすごい魔道の使い手のようで、2人で相手を蹴散らしています」


「そんな馬鹿な……」


 9千人いる自分達が籠城しているのに、2人で互角に戦われては軍の沽券にかかわる話だ。溜まったものではない。


 しかし、ありえない状況であるため、目の前のことを信じて良いのか、という疑念も生まれる。


 ひょっとしたら、ビアニー軍が自分達を外に釣りだすための罠として、このような茶番を起こしているのではないか、と。


「しばらくは様子を見ましょう」


 レナはまず、極めて無難な指示を出した。



 そうして、15分ほど戦況を確認する。


 大きく変わりはないようだ。2人が進み、炎やら風やらが飛んでいる。


 ビアニー軍はこの2人を直接相手にしたくないようで、遠巻きにしている。もっとも、ただ遠巻きにしているだけではなく、包囲するような形には広がっている。


 前の2人の魔道は怖ろしくて手を出しづらいようだが、外の方に広がった部隊が後ろ側にいる小さい部隊を狙おうと移動を始めている。


 2人はそれをさせないように動いている。


 移動の駆け引きが続いていた。



 レナは決断した。


「罠である可能性もゼロではありませんが、味方であった場合、友軍を見殺しにしたステレアを助けようとするものは2度と現れないことになる。まず南門付近の兵士を連れて外に出る旨、ファビウス様に伝えなさい」


 罠であるかもしれないが、そうでない可能性が高いと判断した。


 仮にフリューリンクの内部に潜り込むことを期待しているのなら、城門の近くに逃げる部隊がいるはずだが、そうした部隊はいない。ビアニー軍はフリューリンクの城を無視して交戦体制に入っているように見える。


 仮に罠だとしても城内に逃げこむ時間はある。


 この状況で何も動かないとなると、ステレア軍の信用にかかわる。彼女はそう考えた。


 すぐに城壁を降り、「出撃するぞ」と指示を伝えて味方を集める。


 意気軒高な様子の兵士達が集まってきた。城壁の下にいるので外の様子は分からないはずだが、これまで半年以上籠城で耐えていることに鬱憤も溜まっていたのだろう。



「ファビウス様を待たなくても良いのですか?」


 城門の前についたところで、騎士の1人に尋ねられた。


「外でビアニー軍を攻撃している者は少ない。味方であった場合は早めに援軍に出る必要がある。城門を開けよ!」


 レナの指示に、騎士達も「分かりました」と応じる。


 城門が開き、空堀に橋が降りていく。


「進め!」


 レナの指示にステレア軍が進みだす。


 それを見たビアニー軍の表情に驚愕が浮かんだ。


 やはり、この一幕は罠ではないようだ。

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