第9話 セシリーム侵入
名もない、しかし、オルセナ中南部にあって例外的に栄えている集落で準備を整えると、エディスは一足早く出発した。
本隊はジーナとフィネーラ、セシエルとエルクァーテに任せて一足先にセシリームの様子を見に行くことにしたのである。
「エディスに偵察なんて高等な仕事はできないし、危険過ぎるからやめておいた方が良いと思うけど」
とセシエルは反対したが、エディスもアッフェルで戦場に向かう軍の様子などを見た経験がある。
相手がどのくらいの数で、どこに向かうのか、しっかり把握しておきたいという思いがある。
「ローブを目深にかぶるんだから、バレるわけないわよ」
エディスがそう主張すると、セシエルも反対はしきれない。「責任はもてないよ」と答えるだけだった。
集落を出たエディスは、道すがらを飛ばして北に向かう。
体重の軽い自分自身だけであるから、長距離を移動するに際してさほどの魔力を使うこともない。3時間程度で100キロ以上を北上し、更に半日もすると大きな街が見えてきた。
「あれがセシリームか……」
エディスはさすがに歩を止めて、ゆっくり歩きながら街を確認する。
歩き始めるとエディスの姿は他者からも視認されるが、清潔であるとはいえ見た目はボロボロのローブを引きずって歩く小物のようにしか見えないから、わざわざ襲いに来る者もいない。
オルセナの王都セシリームは人口90万余り。
アクルクアではベルティ王国王都ステル・セルアに続いて二番目に大きな街とされている。
ただし、大きいのはあくまで人口という数字だけだ。
少し近づくとエディスにもその本質が見えてくる。
(家じゃなくてテントか……)
街らしいところにはさしかかっている。道のようなものがあり、人がちらほらと歩いている。しかし、道と道の間にあるのはテントばかりだ。どこの国であっても集落では当たり前のように見る家というものが見当たらない。
セシリームは気候的にはほとんど雨が降らない温暖な気候であるらしい。水源は市内を流れているフェマリン川とモンパニス川で、市民の生活用水となっている。かつてオルセナが国家として栄えていた頃はフェマリン川の管理も行き届いていたらしいが、今はそうしたものもない。魚は生活のために乱獲されて絶滅し、川は濁っていて飲むことすら抵抗を感じる。
フェマリン川は市内中央を流れていて、そこに浮かぶのがオルセナ750年の都・水上宮殿であるらしい。ただし、かつては風光明媚なオルセナの象徴であったらしいが、今は見る影もないという。フェマリン川は汚染されており、茶色く濁り、また水上宮殿自体も数十年以上管理がずさんなままで区画が禿げたりしているという。
王の住む宮殿ですらそうであるから、市民が住む場所が酷くなるのはより当然であり、家のようなものもなく、テントに住む者が大半となっている。
(この姿でも、この街では金持ちの部類なのかしら……)
エディスは街を歩いていてあきれ果ててくる。
自分のローブも悲惨だが、この街にはそもそも全身にきちんとした服をまとう者自体が少ない。破れた毛皮と思しきものをただ巻いているだけの者も少なくない。
能力のある者はもう少しまともな生活をしたいと思うだろう。
もちろん、セシリームを歩く者はまともな物すら持っていないだろう。他国からやってくる者を襲って、なけなしであっても所持品なりを奪う。あるいは国家に盾ついて、討伐に来た連中を襲って所持品を奪う。
(ジーナ達の言うことは無茶苦茶だと思ったけれど……)
ジーナとエルクァーテがオルセナ軍やレルーヴ軍から装備や物資を奪いたいと言っていた時、あまりにも無法なことを言っていると思った。しかし、セシリームの市民を見ているとあながち否定もできない。
カチューハや途中の集落はまだマシだが、そこにいる分には移動がかなわない。二つとも、そこだけひたすら守っているから、その中だけは守られているのである。
他の地域は……、オルセナの主産業が奴隷だということはエディスも覚えるくらい聞かされている。となると、安心して眠ることもままならない場所も多いのだろう。
しかし、エディスが他の面々を置いてきてセシリームに来たのはそういうことを知りたいからではない。コスタシュが言っていたオルセナ軍とレルーヴ軍の動きの様子を調べるためだ。
(私がセシリームに来る間にすれ違うことはなかったから、まだセシリームにいるはず……)
エディスはそう考えるが、といって相手がどこで出発するか分からない。
自然と上を見た。空から見下ろせば、大勢のいる位置が分かるかもしれない。
とはいえ、さすがに空を飛ぶのは多大な魔力を必要とする。知らない間に暴走を起こしてしまうかもしれない。
(どうしたらいいかなぁ……)
エディスは考える。
相手はどういう場所で軍の動きを考えるだろうか?
(オルセナ軍だけでなく、レルーヴから来ている人もいるとなると……)
この街の中心地だろう。
おそらくは水上宮殿か、実質的な支配者であるブレイアンの住居。そのいずれかである。
ブレイアンの住居は分からないが、水上宮殿の場所は分かる。
ならば、まずは水上宮殿の中に入るのが良いだろう。
他国の王都にやってきて、いきなり宮殿に忍び込む。
並の人間なら考えもしないことであるが、エディスはあっさりとその結論に達した。
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