第8話 盗賊の集い

 集落に留まること二日。


 その間、ジーナとエルクァーテは毎日三回か四回、広場で狼煙をあげている。


 どうやら付近の盗賊達に対する集合の合図のようで、その日の夕方以降、盗賊らしき連中が次々とやってくる。


 それならば集落にとっては危機……となるはずであるが、集まってきた連中が集落の中で暴れることはない。


「何度も言いますが、別に盗賊になりたくてなっている連中じゃないんですよ」


 ジーナがエディスに言う。


 オルセナの政策や貴族偏重が酷すぎて、普通の人間はまともな生活を送れない。


 せめて人並みな生活を送りたいという者達の反逆の叫びなのだ、ジーナは力強く言い、エルクァーテも頷いている。



 集まった盗賊達に、ジーナが演説をぶっている。


「良いか! アタシ達の得た情報によると、オルセナ軍とレルーヴ軍が共同して、コレイド地方とカチューハ地方をまとめて襲撃し、住民を奴隷として連れ浚うつもりらしい! こんな酷いことが認められるか!?」


 一斉に「認められない!」と反論が返る。


「ようし! アタシ達には偉大な姫様とその腹心達がついている!」


 セシエルが肩をすくめてフィネーラを見た。


「腹心というのは僕達みたいだね」


 まとめて、エディスの腹心という扱いらしい。


 確かにエディスは目立つ外見をしているし、どうやらここオルセナと縁があるようだが、その部下として扱われるのは何とも心外である。


「ま、仕方ないんじゃないか?」


 フィネーラはというと、どちらかというと暴れたいようなのであまり反抗的でもない。


 では、姫様と奉られているエディスはというと、これまた半分くらいは賛成しているようで大人しく聞いている。



 しかし、ジーナの話が具体的になってくるにつれて風向きが変わってきた。


「オルセナ軍の奴らはたいしたこともないくせに立派な装備を持っていやがる! あれだけでもアタシ達の何か月分かの暮らしの足しになるものだ!」


「奪い取ろう!」


 というあたりで、エディスがちょっと待って、と立ち上がる。


 ただ、全体の水を差すのは気が引けたようでエルクァーテに尋ねた。


「装備品をはぎ取るの?」


「はい。全員、動く以上はタダ働きというわけにはいきません」


「それはそうだけど……」


 さすがに装備品や衣類を奪い取るというような話になると、抵抗があるようだ。


 それはそうだ。逆の立場になったとして、とても許容できる話ではない。


「ジーナが言うように、オルセナに住む九割を超える人間がまともな生活を送れないのに、軍の連中は名門の生まれというだけで至れり尽くせりです。今回もそうですが、奴隷などをかき集めてそれを売り払った金額で、豊かな生活を送っているような連中です」


 エルクァーテは淡々とした様子で説明しているが、言葉の節々から恨みの大きさはうかがえる。


「今回にしても、カチューハやコレイドの地域を襲うのは連中の懐を潤すためのものでもあるのです。それを取り返すことの何が悪いのでしょうか?」


「……」


 エディスは下を向いて押し黙った。エルクァーテが感情的に話していれば、もう少し反発したかもしれないが、淡々と理性的に説明するので、そういう気分になれないようだ。


「分かった……」


 小声で答えて、セシエルに近づいて座る。


「そうじゃないとは思うんだけど、言い返せない……。ネミリーなら、何か言えるのかな?」


「どうだろう。ここはハルメリカとは違い過ぎるからね」


 ハルメリカなら、もっとしっかりとしたルールがある。


 それに、一部の者のためにあれやこれやと優遇措置を設けることはない。


 もちろん、市長代理であるネミリーが、大陸最大の富豪という要素はある。彼女は数多くの船を抱えていて、誰よりも手広く商売をやっている。そこに多少の矛盾はあるかもしれない。


 とはいえ、彼女が本当に自分勝手にやっているのであれば、市長代理の存在であるネミリーに対する風当たりは強くなるし、セローフをはじめ、他のレルーヴ有力者からの反発も強くなるだろう。それがない、ということは大きく文句を言われるようなことはしていない、ということだ。


「前にエルクァーテさんが言っていたように、オルセナはもう何百年も悪い方向に向かっている。突然良い方向に向かうこともないし、こうした望ましくない事態が起こるのも仕方ないよ。エディスはどうするの? そういうことなら、参加しない?」



 エディスはしばらく無言だったが、首を横に振った。


「全面的に納得はしないけど、やっぱりオルセナのやり方は間違っていると思う」


「じゃ、彼らのやり方を認めるしかないね」


「うん……」


 頷く頃には、ジーナが完全に意見をまとめていた。


「よし! それなら、明日にでも出発だ! 先遣隊を派遣して、オルセナの様子を偵察したいが、立候補者はいるか!?」


 てきぱきと指示を出している。頭が回るエルクァーテが立案し、体格が目立つジーナが表看板としてまとめている。


「こういう形で、女性ばかりの盗賊団をまとめていたわけね」


「男が混ざっても、全くひるむことはないな。エディスがより目立つだけで、あの大女もたいしたものだと思うよ」


 フィネーラも感心するように言った。



 数時間後には、100人近い団体となっていた。


 二、三日も経つと300人を超えそうだ。


 それはジーナのネットワークの凄さであるとともに、簡単にそれだけの反対勢力が集まるオルセナ政治の無法さの表れでもあった。

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