第7話 下がるより進むべし

 コスタシュと共に宿の入り口で待つこと一時間。


 エディス達が戻ってきた。当然、さも当然という様子で座っているコスタシュに驚く。



「えっ、コスタシュ!? 死んでって聞いていたけど大丈夫だったの?」


 どうやらエディスは内心では結構生存を諦めていたようで、本気で驚いている。


「おかげ様と言っては何だけど、生き残れたよ」


 というコスタシュの後を継いで、セシエルが事情を説明した。



 話を一通り聞いた後、エディスが「ええぇ」と呻いて顔をしかめた。


「別にそんな血筋が欲しいなんて言ってもいないのに、勝手に期待されたり、勝手に邪魔者扱いされたりするのはすごく困るんだけど」


 確かにエディスの言う通りで、彼女は別にどこかの王女様でありたいと願ったことは一度もない。ミアーノ侯爵家で十二分に満足している。


 オルセナの王女かもしれないという話自体寝耳に水であるし、それで兄かもしれない人物やセローフから危険視されるのは不本意極まりない話だろう。


「まあ、エディスは逃げれば良いんだけどね」


 セシエルが軽く頷いた。


 スイールはオルセナともレルーヴとも国交があるわけではない。だから、ミアーノ侯爵家にいる分には両国とも手出しできないはずだ。


「ただ、事態はそれ以上に進んでいるきらいもある」


 セシエルはそう言って、コスタシュを見た。


 どこが起点となったのかは分からない。ただ、カチューハで伝承を聞きつけ、オルセナ王都セシリームで調査していたことも影響がないことはないだろう。


「僕達が逃げたとしても、カチューハとサンファネスは襲撃を受けそうだ。これをどうするか、だよね」


「そうだ。カチューハが襲撃されて、全員奴隷として連れていかれるのは避けないといけない。だから、俺はこうやって戻ってきたわけだ」


 セシエルの言葉にコスタシュも続いた。



「となると、どうすればいいわけ?」


 エディスが問いかけてくる。


「まずカチューハの人達に知らせて、そのうえで防備を固めて、僕達も協力できるところでは協力するということかな」


 戦力としては十分だろう。


 確かに数という点ではセシリームから派遣されてくる者の方が多いだろう。


 しかし、ここに来るまでの道のりで、オルセナは道が悪いことは分かっている。となると、大勢を用意したとしても、広く散らばることはできないはずだ。


 狭い道であれば、フィネーラとジーナの2人をはじめ、数人くらいで相手を食い止めることができる。そこにエディスの魔法に、セシエルやコスタシュ、エルクァーテが補助するような動きをすれば十分に食い止められる自信はある。



「それだと、カチューハはともかくサンファネスはどうするの?」


 エディスから鋭い問いかけが飛んできた。


 カチューハとサンファネスは共に狙われている場所のようだが、場所はかけ離れている。オルセナ南西部にあるカチューハに対して、サンファネスは南東部だ。


「サンファネスについては、知らないわけだし……」


 カチューハでは、少なくない人数と知り合った。わざわざ自分達の知らない言葉で話すような嫌な人間もいたが、総じて善人達ばかりで、色々なことも教わった。


 できることなら見捨てたくない。


 一方のサンファネスについては、全く関わり合いがない。


 もちろん、襲撃されるのは気の毒だが、そこに手を割くような余裕はない。


「それは身勝手よ。助けるならどちらも助けるべきだし、関与しないのならどちらも関与しないべきじゃないかしら?」


 エディスが変な事を言い出した。


「相手は多分、セシリームから南に向かって、どこかで西と東に別れると思うわ。なら、一緒にいるところを叩くべきよ」



「……」


 セシエルの目が点になった。


 とんでもないことを言い出した。彼はそう思った。


「いや、一緒にいるところを叩くって、それってつまり相手の根拠地に近いところで倍の敵と戦うということだよね? 絶対に無理だと思うんだけど?」


「この世に絶対なんてないわ」


 ますますとんでもないことを言い出した、と思ったら、良識派と思ったエルクァーテがエディスの味方に回った。


「……確かに、考えようによっては良い案かもしれません。と言いますのも、オルセナ兵は決して練度が高いわけではありません。ああいう手合いはえてして、攻撃側に回ると調子に乗りますが、一旦守勢に回ると味方の足を引っ張る連中です。しかも、セローフの連中との間に信頼関係があるわけでもありません。大勢いるところを攻撃することで、混乱を引き起こすのは悪くないと思います」


「でしょ、でしょ?」


 予期せぬ援軍にエディスが目を輝かせる。ただ、エルクァーテは釘を刺すことも忘れない。


「とはいえ、最低限の兵数はいると思います。この場の人数では少なすぎます」


「むむっ……。人数か……」


 これで何とかなりそうだ、と思ったのもつかの間。




「エルクの言う点に関しては、アタシ達が協力しますぜ!」


 ジーナが乗ってきて、エルクァーテが同意する。


「そうですね。フラワー団を呼び戻せば、それなりの人数が確保できます。それにオルセナの正規軍を相手にするとなれば装備品などを奪えばそれなりの金になります。近隣の盗賊達も乗ってくるのではないでしょうか」


「い、いや、それはまずいんじゃないかな……?」


 セシエルの冷や汗が止まらなくなる。


 確かに人数が多い方が良いのだろうが、盗賊達を引き連れるのはいかがなものか。このままでは、自分達が盗賊団のボスになってしまう。



「カチューハとサンファネスを襲撃するという計画に間違いはないのですね?」


 エルクァーテがコスタシュに尋ねた。


「もちろんだ。負傷して寝込んでいるボルハにも聞いてみるといいさ」


「それならば、オルセナ兵は盗賊にも悖るような連中です。まとめて襲撃する方がよろしいでしょう」


 エルクァーテが冷静に分析すると、エディスもフィネーラも了承する。


 孤立無援、セシエルの頭にその言葉が思い浮かんだ。

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