第6話 ブレイアンとセローフ

「一体、何があったんだい?」


 セシエルの問いかけに、コスタシュは長い溜息を吐いた。チッと舌打ちするのは、自分の不甲斐なさに対するものらしい。


「……質問に質問で答えて悪いが、エディスのことはどこまで知った?」


「エディスのこと?」


 カチューハでどこまで聞いたのか、ということだろう。


 包み隠さず話した方がいいのか、一瞬だけ迷った。


 しかし、自分がコスタシュを疑うと、その逆もまた起こりうることだろう。


 仮にコスタシュが何かを企んでいたとしても、彼にはエディスを害することはできないだろう。


 そう思って、包み隠さず話すことにいる。


「何でも、真珠の樹の一族の娘で、ひょっとしたら千年紀の終わりに出て来るかもしれない世界を再生する神の娘かもしれない、と言っていた」


 コスタシュは「そうだな」と頷いて、更に問いをたたみかけてくる。


「それはオルセナにとってどういう意味をもつと思う?」



「どういう……」


 おかしなことを聞くものだ。セシエルはそう思った。


 カチューハで聞いた話によれば、他ならぬオルセナ王自体が迷信ともとれるその伝承をアテにしているという話だ。真珠の樹の娘との間に女子が生まれれば、オルセナが救われるかもしれないという藁にも縋る思いで、一族の娘を国王が迎えたはずという話だから、だ。


 エディスがそういう存在かと言われるとセシエルも困るが、オルセナの現状を知るに伝承や迷信に頼りたくなるのも分かる。


 そのことを説明すると、コスタシュはその通りと頷きはするが。


「それは前世代の考え方だ」


「前世代?」


「オルセナ国王ローレンスは病気がちでまともに政務を見られない。代わりに実権を握っているのは息子のブレイアンだ。ブレイアンにとってはどうだと思う?」


「オルセナの王子にとっては……? あっ」


 一瞬迷ったセシエルだが、すぐにコスタシュの言わんとするところを理解した。


「王子は救う存在とはされていない。仮にそこにエディスが『私がオルセナ王女です』と現れた場合、政敵になるということか」


 カチューハでの話を信用する限り、オルセナ王子ブレイアンとエディスは生物学上の兄妹ということになる。しかし、お互い顔も知らないような間柄だ。


 伝承を信用する限りだと、エディスは大きく期待される存在だ。しかし、それは実際に王子として頑張ってきたブレイアンには受け入れがたい話である。


「仮にネミリーくらいにキレキレの頭があるならば納得するかもしれないけど、エディスだからね。あれが自分の上に行くなんてことは王子は絶対に認められないだろう」


「しかも、そこにオルセナ王女生存説をききつけたセローフの連中がやってきた」


「……王子とセローフが結託した、ということか」


 セローフの面々にとってオルセナ王女生存が有難くないのは知っている。大公子ロキアスと結婚させる予定だったからだ。彼にとっては面子に関わる話である。


 後継者を王女に奪われたくないオルセナ王子ブレイアンと、王女生存説を嫌うセローフ。


 両者が結びつくのは容易に想像できる。



「だから、セローフの連中はオルセナ王子に軍事援助を申し出ることになった。で、それを受けてブレイアンはカチューハとサンファネスを襲撃することにした」


「えっ、どういうこと?」


 セシエルは驚いた。


 ブレイアンはエディスがオルセナ王女と名乗ることを認めないことは分かった。しかし、だからと言って関係ない集落を襲う理由にはならないはずだ。


(あっ、だけど……)


 そこで再びセローフの教会で起きたことを思い出す。オルセナ王女に関係するかもしれないことを皆殺しにすることに耐えられない男の懺悔のことを。


 セローフにとってはオルセナ王女の生存はもちろん、再生させるかも知れない神の娘の存在もまずいのかもしれない。彼らはオルセナを最終的には支配したいのだから、再生されては困るからだ。


 だから、ブレイアンを支援して、カチューハ族も消すつもりなのかもしれない。



「その通り。ただ半分くらいはブレイアンの口実でもある。カチューハとサンファネスはオルセナ王女の件を知っていたにも関わらず黙っていた。だから殺すか奴隷にするというわけだ。一番の動機は、敵を作り上げることで兵士達に気分よく奴隷を作らせたいというところだな」


 嫌な話だと思った。


 確かにオルセナ王国の主要産業は奴隷だ。


 とはいえ、まさか自国の領民を無関係に襲って奴隷とするわけにはいかない。いくら崩壊国家といえども、そこまですれば完全に愛想をつかされる。


 だから、自国の中に敵を作って、奴隷として売りさばくつもりらしい。そこに真珠の樹の娘というブレイアンにとってもセローフにとっても都合の悪い話が挟まってくるから尚更だ。


 コスタシュが「畜生」と毒づいた。


「その先駆けとして、ブレイアンはセシリームの牢獄に捕らえていたカチューハ族の犯罪者を処刑することにした。ハボンは同郷人を見捨てるわけにはいかないと牢獄に助けに行って、返り討ちにあったというわけだ。今頃、他の者達と一緒にセシリームの城壁に首が晒されていることだろう」


「……酷い話だね」


「だから、それを伝えるためにカチューハに戻っていたわけだ」


「なるほど。となると、僕達はセシリームに向かうより、カチューハに戻った方が良いんだろうね」


 コスタシュの話に嘘はないだろう。


 エディスのことがどこまで知られているかは分からないが、「オルセナ王女かもしれない存在」がいるとなれば、排除にかかるだろう。


 もちろん、エディスが簡単にやられるとは思わないが、正当防衛とはいえ、命令されているだけのオルセナ兵やセローフ兵を始末するのは後味が悪い。



 それなら、カチューハに戻り、まずは防衛に徹するのが良いだろう。



関係図:https://kakuyomu.jp/users/kawanohate/news/16818093078139388232

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