第5話 集落の宿で

 カチューハを出発し、進むこと7日。


 さすがに王都に向かう道だけあって、カチューハに向かった時よりは道が良い。


「ただ、道が良いということは当然、盗賊達も通りやすい道だからねぇ」


「しかもこの馬車はまた高いものを使っているから、襲ってください、と言わんばかりだしね」


 ジーナとエルクァーテが話す通り、不穏な動きは幾つかある。



 その動きが具体化しないのは、恐らくジーナがいるためだろう。


「ジーナはあの体格で目立つからね。この国の中でも多少は知られた存在だし」


「エルクァーテさんは?」


 セシエルには、ジーナよりエルクァーテの方が頼りになるように見える。


 もちろん、ジーナもあの体格で実際に見た目通りのパワーもある。フィネーラと互角で、セシエルには敵わない。しかし、戦闘は近接戦ではないし手の打ちようはある。


 エルクァーテは色々と知識もあるし、エディスとの戦いの時にも先に勝てないことに気づいている。1対1ならジーナの方が強いのかもしれないが、エディスとフィネーラがいる以上、欲しいのは知識がある人物だ。


「あたしは参謀みたいなものだから、そこまで知られていないし、見た目も地味だしね」


 エルクァーテはそう自己評価する。おそらくそうなのだろう。


 盗賊達自体は生きるために戦い続けているから、見た目の強そう弱そう以外は気にならない。エルクァーテの能力は評価されづらいのかもしれない。



 ジーナと大きな斧をもつフィネーラを交代で配置し、セシリームまでの中間地点付近まで移動してきた。


 盗賊ばかりというオルセナではあるが、もちろん、領民の全員が盗賊というわけではない。生活も苦しく、盗賊に狙われるだけと言っても、細々と暮らしている集落もある。


 ここまでは、これまたジーナとエルクァーテの知識で、そうした集落に立ち寄って宿や温かい食事を確保していた。


「とはいえ、あまり油断しすぎると良くないよ」


 集落の住民達は悪人ではないが、エディスやセシエル達の持つものや馬車などは欲に目をくらませるには十分だ。


 もっとも、ここでもジーナの評判が歯止めとなるようで、実際に襲撃してくる者まではいない。



 この夜の集落は、今までのところではもっとも大きい。


 近くに泉があり、農地となる場所も確保できているため、2000人ほどは住んでいるという。比較的生活が良いので衛兵も多めにいるようで「例外的に安心できるところ(信用しすぎるのは危険)」であるという。


「一番生活が良い理由は、この地の貴族が40年前に子孫無しで撤廃されたことが大きいんだけどね。だから、税金の徴収にも来ないのさ」


 宿として入った建物の中で、女将が笑いながら言う。


 オルセナの女性は割と言葉がざっくばらんだ。ジーナとエルクァーテらが最たるものだが、彼女達は盗賊であるから言葉が荒いのは当然ともいえる。だが、そうでない宿屋の女将もそうなのだから、オルセナはそういう気風があるのだろう。


「とはいえ、こんなところに二組目の客が来るのは随分と久しぶりだよ」


「先客がいるんですか?」


 セシエルも驚いた。この集落は安全であるにしても、その前後は物騒極まりない。自分達以外に移動している者は、レルーヴから派遣されてきた軍などの特別な連中を別にして、あまりいるように思えない。


(そういえばセローフには、オルセナ王女のことを知っている連中を皆殺しにするなんて言っていた奴もいたな。そういう連中が別行動をしてカチューハに来ることがあるのだろうか……?)


 ふと、そんなことを思い出した。



 女将が答える。


「そうなんだよ、カチューハに行くみたいでね」


「……何?」


 ちょうどセローフでの出来事を思い出したタイミングでの話である。セシエルの表情が険しくなった。


「3か月くらい前にカチューハから来て、セシリームで調べものをすると言っていた人達なんだけどね。前回は3人だったけれど、今回は2人になっていてどうしたんだろうなと思ってところなのさ」


「そうなんですね」


 3か月前に立ち寄ったとなれば、セローフから派遣された者ではないだろう。


 というよりも、むしろ時期的には……


「あれ、もしかしてコスタシュという男ではないですかね? あとの2人はボルハとハボンとか言ったり」


「おや、知り合いなのかい? 今回はハボンはいなかったけどね」


「……コスタシュは知り合いです。というより、コスタシュを探してここまで来ましたので」


 女将がますます驚いた。


「それなら……とは言っても、向こうが再会したいかは分からないからねぇ。一応、本人の了解をとってみるよ」


「お願いします」


 女将の危惧は理解できる。追いかけているというのが、必ずしも友好的な理由とは限らない。特にここはオルセナであるのだから。


 とはいえ、セシエルにとっては有難いことである。


 コスタシュも、自分達が来たとすれば避ける理由はないだろう。



 自分以外の者はジーナとエルクァーテを伴って外に行ってしまった。やはり久々の普通の集落の落ち着いた空気を満喫したいということらしい。


 セシエルは1人、宿の入り口近くでコスタシュを待った。


 10分ほどして、奥から足音がした。視線を向けると、オルセナ商人の形をした、見覚えのある無愛想な少年が立っている。


「マジかよ……。本当にセシエルか?」


「そうだよ。サルキアとネミリーから、オルセナに行って中々戻ってこないという話をしていたからね。カチューハでは死んでいる扱いになっているよ」


「えぇ!? ……まあ、ハボンは死んでしまったから、そう思われるのも間違いではないんだが」


 再会早々に穏やかでない話だ。


「一体、何があったんだい?」


 セシエルは問いかける。



 コスタシュはカチューハとオルセナ王女のことについてどこまで知っているのか。


 エディスは本当にオルセナの王女なのか。


 同行者が1人死んだというが、一体何があったのか。


 疑問は次々と湧いてくる。

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