第4話 ハルメリカの受け止め方
一ヶ月ほど遡った3月13日。
ハルメリカに、フリューリンクで起きたことが情報として届いてきた。
セシエルもネミリーもその情報に目を丸くする。
「……ステレア軍が、ビアニー軍を追い払った?」
考えられないことである。
確かにアルフィム・ステアリートを名乗ったエディスの魔力は膨大なものがあるが、それでも万を超えるビアニー軍に勝利するということは不可能に思われた。
しかし、続く情報を聞いてセシエルは頭を抱える。
「ジュニスとエディスが組んだのか!?」
「いや、でも、ホヴァルトってそんなに人も軍もいないでしょ?」
ネミリーは尚半信半疑ではあるが。
「いや、ジュニスは性格も魔力もエディスに匹敵するほど無茶苦茶だ。仮にソアリス王子がエディス達の味方のままなら、2人を最大限に生かして勝利するということは考えられる。ただ、もうちょっと情報が欲しいかな」
「確かに、ね」
断片的な情報で全てを決めるわけにもいかない。
遠く離れていて、今からどうなるわけでもない。2人は情報の続きを待つことを選ぶ。
その後、一日かけて多くの情報が届いてきた。
「ビアニー軍の被害自体はほぼ無い。ステレア軍とエディス達もほぼ無傷。それで撤退だけさせるというのは、余程とんでもない魔法が飛び交ったんだろうな……」
「でも、二万近い軍でしょ?」
ネミリーもイサリア魔術学院で、小さな山が吹き飛ぶ様は見ている。
しかし、いくら何でも、歴戦の軍二万を無傷で撤退させるというのは現実的ではない。
「相手も油断していたかもしれないし、あの2人が本気になるとどこまで行くか分からないからね。下手すると、来年あたり天変地異という形で異変が起きるかも」
「……怖いことを言わないでよ」
ネミリーが苦笑する。
エディスが首尾よく目的を達成したことには安堵する2人だが、そうなるとこの後のことが気にかかる。
「エディスはガフィン・クルティードレが気に入らないと言っていたし、ソアリス殿下もその部分では共通だ。ただ、だからといってジュニスと共同戦線を組んでビアニーに行くことはないと思う」
セシエルの推測にネミリーも同意する。
「二万を無傷で追い返す2人がまともに軍まで編成してビアニー領に入ったら、ビアニーの防衛線が大変なことになるものね」
「それに2人がビアニー軍を完全に追い返したらステレアも立場がなくなってしまう」
セシエルは顎に手をあてて考える。
「エディスを闇討ちすることがないとするならば、ステレアはエディスをベルティに行ってもらうんじゃないだろうか?」
「ベルティか……。確かにリルシアはベルティ王族だものね」
「ソアリス王子もベルティに知り合いがいるみたいだし、関係者の総意が一致する」
「エディスはこの点では何も考えないでしょうし、ね」
ネミリーは不満げに言って頬杖をつく。
エディスには細かい打算や思惑の整理はできない。うまく言われれば善意で乗ってしまうだろう。
「ベルティまで行ったら、次はオルセナとなりえるけど……」
「そこはソアリス王子が行かせないんじゃないかな。いや、でも、あるいは思い切って行かせるかな」
エディスをオルセナの王女の地位に戻すのは一見、オルセナにとってプラスになるし、ビアニーにとってはマイナスに見える。
ただ、オルセナは国家の色々な部分が崩壊している。それを直すとなると、エディスの魔力は役に立たないし、むしろオルセナに縛り付けて失敗させる方法をとった方が良いかもしれない。
「なるほどね……」
ネミリーは概ね頷きつつも、そこにはあまり不快感を示さない。
「まあ、闇討ちよりはその方がいいでしょ。エディスがオルセナで女王になるのなら、私が支援もできるしね……」
金はとてつもなくかかりそうだけど。ネミリーが渋い表情で言う。
「エリアーヌはピレントでうまくやっているみたいだから、顧問の半分くらいをオルセナに回すこともできなくはないし」
「そうだけど、それもちょっとまずいかもしれない」
セシエルの反応に、ネミリーが目を見張る。
「何がまずいの?」
「エディスがオルセナ王女だとなった場合、セローフが黙っていない」
セローフは19年前、オルセナ王女が生まれる以前に「娘なら、ロキアスと婚約させろ」と迫っていた事情がある。オルセナ王女が生きているかもしれないという噂に「自分をコケにされた」とロキアスが気をもんでいたことも実際に自らの目で確認している。
もし、オルセナ王女がしれっと戻ってきたとなれば、ロキアスがあらゆる手段を尽くして排除に乗り出すだろう。
セローフの統治者はトルファーノであってロキアスではない。
とはいえ、この理由であればトルファーノも黙ってはいられないだろう。自分達セローフがオルセナに騙されていたわけであり、黙っていれば笑いものとなるからだ。
「……対オルセナでハルメリカとセローフが衝突するわけね」
「そう決まったわけではないけどね」
あくまで遠く離れたハルメリカで、フリューリンク解放の情報から推測しているだけである。
しかし、ネミリーは真剣な様子だ。
「可能性がある以上、備えておくべきでしょ」
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