第3話 朝の相談

 翌朝、ツィアは食堂で朝食を食べているエマーレイとシルフィの2人に声をかけた。


「昨日のことだが……」


 と、フンデの方言で話を始める。当然、周囲には何を話しているのか分からない。


 とは言っても、アルフィムとファーミルはこの場にはいないので、聞かれる心配はないが。



「ビアニーからの刺客が来ている」


 シルフィがぎょっと声をあげるが、エマーレイは落ち着いている。


「あの男か……?」


「そうだ。おまえより小さいが、正直、俺とおまえが束になっても敵わないくらいの技量の持ち主だ」


「そ、そんなに強いの?」


 シルフィは怯えるような声を出すが、エマーレイは「そんな雰囲気はあった」とあっさり答える。


「ビアニーでも名うての男という雰囲気があるが、おまえが呼んだのか?」


「おいおい」


 ツィアは呆れたように笑う。


「それなら、わざわざここで話さないだろう。確かに、ジオリスに事の次第は伝えた。ただ、刺客を呼んだのは俺ではない」


「……というか、ツィアさんはどうしたいわけ?」


「正直、現時点では迷っている」


 ツィアは自分の現時点での心境、ジオリスに話した心境を2人に説明する。


 ジュニスという新たな脅威が出現した今、ビアニーにとっては大魔道士2人が共闘されるのを避けたいということ、並びにガイツリーンにおけるジュニス一強体制も警戒すべきものであること。


「……ビアニーの今後という観点で考えれば、おそらく彼女が死なない方が良い。ただ、ビアニーという国に生きてきた人間としてジオリスの気持ちも分かる。俺自身、少し前まではそうだったわけだし。だからまあ、冷たいと言われるかもしれないが、こうやって君達に投げたりして、運命にゆだねようと思う」



「……」


 ツィアの言葉に、エマーレイは口をへの字に曲げて考えている。


 彼はシルヴィア・ファーロットに頼まれて、エディス……アルフィムの護衛もしている。


 ただ、それはアルフィムの身のため、というよりはツィアに無益な殺人をさせないためというシルヴィアの配慮による。ツィア以外の者がアルフィムを殺しても、それはエマーレイとシルヴィアの約束には反しない。


「とはいえ、説明が面倒だし、アルフィム個人に好感も抱いている。出来る範囲では守ることにしよう」


「というよりさ」


 シルフィが別の提案を投げかける。


「あたし達で、そいつを待ち受けて先制攻撃で倒せばいいんじゃない? いくら強いと言っても、お姉ちゃんの魔道には敵わないでしょ?」


「敵わないが、ティレーはここから先は簡単に姿を現さないだろう。次に現すのは暗殺を目論む時だけだ」


「……あちゃあ。弓は凄いの?」


「何せとんでもない体力だからな。技量も相当なもののはずだ」


「それは参ったなぁ」



「何が参ったの?」


 不意に食堂の入り口から声がした。


「あ、お姉ちゃん……」


 シルフィが首を傾げた。


 いつの間にか、普通の言葉に戻っていたらしい。


 宿で用意されている乾パンとスープをとり、テーブルに近づいてくる。


「朝から三人で何か相談?」


「そ、そうなのよ。ベルティでも北の方は全然知らないから、どんなところかなぁと思ってさ」


「そうねぇ。私も全く知らないわ。ツィアは知っているの?」


 アルフィムが視線を向ける。


「……領主は知らないが、どういうところかは何となくは知っている。特に何かが違うわけではないが、川が多くて平地も多い。その影響で畑ではなく田が多いな」


「田で取れるものの方が美味しいんだっけ?」


「美味しいというよりは、栄養があるようだ。同じ広さでも田と畑とでは、食べられる人数が大分違う」


「だからベルティは人口が多いわけね」


「そうだな。繰り返しになるが国の力で言えば、アクルクアで一番強い」


 人口も多く、産業も盛んだ。


 王都ステル・セルア周辺は川も二本流れており、田園地帯が広がっているうえに漁港もある。



「それだけ沢山あるなら、争わずに仲良くすればいいのにねぇ」


 アルフィムが素朴な思いを口にする。


「それが出来ればいいんだろうけどね。そういうわけにもいかないわけだ。親や祖父からの歴史もあるし、それぞれの意地もあるだろうし」


 口にしながら、ツィアは思わず自嘲したくなった。


 ベルティのことを口にしているが、ビアニーにしてもそれは全く同じなのだから。



 寝坊していたファーミルが最後に起きてきて、食事が終わると出発した。


「今日のうちにベルティに入る。今夜の宿は、第一王子パルナスの根拠地・ヘーデルになるだろう。何か起こらない限りは……」


 そう、何か起きない限りは。


 ティレーがどこで、どう行動を起こすつもりなのかは、ツィアにも分からない。

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