第5話 第一王子と第二王子・1
4月中頃。
アルフィム一行は、ベルティ北部を西に向けて移動していた。
「何なのよ、あいつは!」
リーダーのアルフィムは先頭で怒り心頭である。
その怒りの矛先が向けられているのは、前日まで滞在していたヘーデルの領主にして、ベルティ前王カルロア4世の長男であるパルナスに対して、だ。
次期ベルティ王としてふさわしい人物か否か。
それを見極める、とは言っても、アルフィムにはそれほど人物鑑識眼があるわけではない。自分が選ぶ相手が大きく間違っていたというケースは少ないが、初対面の6人で誰が一番優れているかを見極められる自信はない。
しかし、前日に会ったパルナスについてははっきりと分かる。
少なくともあの人物が一番であることはありえない。あってはならないし、もし、そうであるのなら誰も次期ベルティ王になるべきではない。
「……まあ、お姉ちゃんは見た目だけは凄いから、会うなり求婚するのは仕方ないんじゃない?」
すぐ後ろを歩くシルフィは嫌われている相手に対して多少同情的ではあるが、あくまで多少である。
「もちろん、今の大公妃を捨ててまでっていうのは酷いと思うけど」
ステレア女王リルシアの紹介状を貰って、ヘーデル領主パルナスに面会を求め、それがあっさり受けられたところまでは良かった。
しかし、アルフィムを見た第一声が「余の妻にならぬか?」である。「将来のベルティ王になる自分にふさわしい美貌の持ち主だ」などと言っていたが、そもそもそれを決めるために来ているのである。
しかも、「既に三人いる面々の階級を下げて、正妃にする」などと言いだしたのである。
その場でぶん殴らなかっただけでも褒めてほしい。
そのくらいの感情である。
結局、「お断りです!」とぶった斬った後は、もっぱらファーミルに交渉相手を任せていた。
イサリア魔術学院長の息子という彼の肩書は、この中では一番公的な立場としては生きるのであるが、何分アルフィムが怒り心頭の状態ではファーミルも話しの仕様がなかったのだろう。パルナスの自画自賛に適当に相槌を打ち、適当なところで切り上げてきた。
「大体、あの根拠のない自信はどこから来るのかしら!?」
「それを言うと、お姉ちゃんも魔法以外は色々根拠が……」
「何か言った!?」
「……何も言ってないよ」
シルフィもこれはダメだ、とばかりに肩をすくめた。
嵐の襲来に対して、立ち向かっても何も良いことはない。きちんと戸締りをして、過ぎ去るのを待つのが賢い。
「ま、気を取り直して次は北西のヤスパンにいる次男のフェネルに会おう」
宥めるというよりは、これまた嵐の状況を伝えるかのような事務的な様子で口にする。
「……パルナスはステレア系だから北との支援に自信があるし、長男ということで実力もある。だから、色々おごっているところもあるのだろうが、次男のフェネルは勢力が小さいからもう少し謙虚だろう」
「……そうだといいんだけどね」
アルフィムは溜息をつきながら道を歩いていく。
ベルティは川が多く、平地が多いが、オルセナとの国境にあたる西部には山も多い。
フェネルの根拠地ヤスパンはその山の中腹にある街であり、人口は少ない。
もちろん、3000メートル級の高地も珍しくないホヴァルトのような特殊な地形ではない。あくまでベルティにおいては、という程度だ。
とはいえ、ベルティでは山自体が珍しいから、生活としては特殊であるらしい。
顔に不思議な入れ墨をしていたり、日常的に動物と暮らしたりしている者もいるらしい。
そうした説明に対しては、アルフィムはあまり表情を変えない。
「まあ、オルセナにも変な人は一杯いたから、そういうのはいいんじゃない?」
「お姉ちゃんも不思議な感性をしているよね……」
そんな話をしながら歩くこと4日、坂道を登る先にヤスパンの集落が見えてくる。
ベルティは内戦状態ではあるのだが、ここまで2年、大規模な交戦はない。
小競り合いが二度、三度程度起きただけである。
今も、パルナスとフェネルの勢力圏をまたいでいるが、特に検問などを受けることもないし、警戒している兵士達を見ることもない。
「本気で戦う気があるのかな?」
あまりに平穏な状況に、シルフィが首を傾げるくらいだ。
「まあ、田畑が完全に休耕状態になっているから、このあたりを占領しても仕方ないんだろう」
ツィアが言う通り、勢力圏付近にある田畑は全く手入れがされていないし、作物も植えられていない。
「それって、どういうこと?」
事実は分かるが、理由が分からない。
アルフィムの問いかけに、ツィアは肩をすくめる。
「国境付近で作物を育てたとしても、収穫期が近くなるとお互いに奪い合うことになる。どちらが勝つにしても植える側は自分のものにならないことが明らかだし、パルナスにしてもフェネルにしても面倒くさいだけだから植えること自体禁止しているんだろう」
「……でも、それだとこの辺りの人達は作物もできなくて困るんじゃない?」
「そうだろうな。その代わりとなるような補償もないだろうから、どこか他所に出かけたんじゃないかな。そうやって、勢力自体が弱くなっていくということだ」
「それはそれで問題よねぇ」
アルフィムは憂鬱な思いになる。
こういう状態を放置しているということは、次男のフェネルもあまりアテにならない、と思ったからだ。
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